旅の紙芝居
書誌
| text | 唯野 |
| author | 椎名誠 |
| publisher | 朝日文庫 |
| year | 2002 |
| price | 820+tax |
| isbn | 2-264928-X |
履歴
| 2003.5.14 | 読了 |
| 2003.9.1 | 公開 |
| 2003.9.3 | 修正 |
感想
椎名誠の写真エッセイ集。この人は最近だと週刊金曜日でもカバー写真を担当していたりして、本書以外にも写真の本があり(『椎名誠写真館』など)、写真のみならず映画まで作ってしまっている人だから、意外にメディアを選ばず何でもしてしまう人である。(まあ、経歴に「東京写真大学中退」などとある時点でそういう方面への関心が昔からあったのだとは容易に想像できますが。)
本書はそんな意味でどちらかといえば写真の方がメインとなっている一冊である。著者の写真を見ていて私が気づかされるのは、そこに映る人々の目が「生きている」点だろう。うまくいえないのだが、何というか意思のある眼差しとでもいおうか、ある種の存在感、主張を感じさせるものが多い。そして、写真の撮られる場所が著者のおもむくフィールドそのままに実に多彩であり、世界の辺境から日本の田舎まで実に様々である点。それだけに読み手にとっては次に何が出てくるのか予測することができず、それが別の楽しみにもなっている。
そのため写真だけからも著者らしさを伺うことができ、それゆえ私ののような人間にとっては、ちょっとした息抜きにもってこいの一冊ともなるのである。
抄録
146
さらにまた別なある日、海の近くの町を歩いていたらネコがサカナをくわえて走っているのを見つけたのでびっくりした。
大いそぎでカメラをむけると、ネコもすこしびっくりしたらしく、用心深くこっちを睨みつけた。でもぼくの用事がとりあえず写真を撮るだけで、自分の獲物を狙っているわけではないのだな、ということを理解したらしく、やつはそのままじっとしていた。
考えてみるとネコがサカナをくわえて走っていくのはごくごく普通のことで、サカナがネコをくわえたわけではないのだから、そんなにびっくりすることもなかったのだ。
でもそうはいっても、近頃のネコはなかなかこんなふうに本当にサカナをくわえていくということもない。きっとこのネコは古風なガンコ者のネコなのだろう。
189
いまどきの娘らは仲間と数人でいると頭がいたくなるくらいにやかましくて風情もなにもないけれど、一人で本を読んでいるときはさすがにひっそりとしていて絵になる。-/-
私もこれは絵になる風景だと思う。
227
まあ何かとびきり気分のいいショットとか、顔つきがピシャリときまった時などに、片手に V サインがひそかにひとつ――なんてのはいいと思うけれど、最近の人物写真は黙ってカメラにむけるともうのべつ V サインになっていたりする。
ほんの少し前まで日本人の写真には V サインなどなかったように思う。「日本のスナップ写真における V サインの登場とその出現的かつ必然的背景」などという研究を誰かしてくれないだろうか。
240
ジャガイモは男爵やメークインが全国を制した感があるが、地方にはこのようにその畑や土地でしかとれないオリジナル種があって、いまやジャガイモ通の狙い目はそこに集中しているという。いわば地酒のようなものなのだろう。?地ジャガ?である。
248
私には何の前ぶれもなく、唐突に思いだす風景というのがいくつかある。それらは、そこを旅したときには別段なんの感懐もなく、申しわけないくらい曖昧な気分のままに通過していた風景なのだ。
それらの風景のあるところでは、滞在したほんの数日の間に、やはり殆どその当座は印象にも残らないような幾人かの人々を見かける。それらの人々には、そこを歩いていたありふれた旅行者の私のことなど一毫(ごう)の記憶もないのだ。そうしてその後の数年の間に私の出会った人々はそれぞれがもうとても私の想像の及びもしないような、それぞれの人生をすごしている。
けれど、ある時、私はその折りに撮った写真を眺める。するとその人々は見事に私の記憶の風景の中に、そのときとまったく変わらないままで停止し、その人の人生はまったくもって私のゆるぎない手の内にあるのだ。
私はときおり、この世の中に「写真」というものが存在していなかったらどうなっていたのだろう、というようなことを考えたりする。
確かにこれが写真の最も便利な効能というべきものなのかもしれない。
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