佐高信の筆刀両断
書誌
| text | 唯野 |
| author | 佐高信 |
| publisher | 教養文庫 |
| year | 1992 |
| price | 680 |
| isbn | 390-11417-4 |
履歴
| 2003.3.26 | 読了 |
| 2004.1.3 | 公開 |
| 2004.3.8 | 修正 |
感想
どうにも読書ノートをつける暇すらなく、ようやくまとめた 1 冊である。何しろこれを書いていたのが AM 4:00-5:00 ばかりだったのだから笑えてくる。私ももう少し時間の使い方というものを考えなければ...
抄録
12
ともかく、独り立ちしている人間は、現在の講談本的歴史ものは読まない。かつて、『プレジデント』は、「従いていきたくなる男の魅力」とかいう特集をしたが、だまされたがっている人間がこうした「エライ人はエラかった」という NHK の大河ドラマ的歴史ものを読み、ますます、その盲従性を強めていくのである。
歴史は一人や二人の英雄によって動かされるものではない。多くの要素がさまざまにからみあって一つの流れをつくる。英雄も、しょせんは?時代の子?なのだが、その視点を欠いたオメデタイ歴史ものが、余りに多すぎる。どうして、そう簡単に、自分を信長や秀吉に擬することができるのか ?
15/16/18
-/-安岡(正篤:唯野注)の、およそ「陽明学者」らしくない知行不合一ぶりについては、のちに安岡の言うことは鵜呑み丸呑みにするほど師事した伊藤肇も、かつて、安岡は知行合一の陽明学を説きながら、「五・一五事件」や「二・二六事件」では行動しなかった、と批判した。-/- cf.17 北一輝による正岡批判
こうした?安岡教?の信者には、学びたがりの実直な人間が多い。真面目や誠実を至上価値とする人間が新興宗教に引っかかるように、これらの信者は教えたがりの安岡に?随行?したいと思う。
結局、非エリートの安岡信者は安岡に盲従し、エリートたちは安岡の言葉を言いわけの道具とするという構図になっているのである。
20
「会社は富むが、社員は貧しい」日本の現状を、私は?社富員貧?というコトバで表現した。「貧しさ」というのは、ろくに休みもとれず、一時間以上も満員電車に揺られて通勤しなければならない状況をも指すが、『マンガ日本経済入門』も『メディアの興亡』もそうした大前提を問題にはしていない。
28/32
それにしても、「思想逃亡者」はなぜにこうもアカデミズムに弱いのか。『ミカドの肖像』を読んで、まず感じるのは、猪瀬(直樹:唯野注)の、アカデミズムに対する異様なまでのコンプレックスである。後述するように、自分の?発掘?した「事実」について過剰なほどの自信を披瀝しているのに、結局は、明大教授の中村雄二郎に?権威づけ?してもらわなければ、それを押し出せなかったのだろうか。
私が「反対運動」をしていたことを言いたいのではない。私のような者にまでそんなことをしてカネを使うほど、権力と右翼は天皇制に敏感だということを言いたいのである。その網にまったく引っかからなかったことを猪瀬は誇るべきではないだろう。それを誇ることは、自らが、天皇制のある種の危険性を利用して本を売る?天皇業界?の人だということを認めることになる。
41
ダメな幼稚園の先生ほど、園児に対して「幼稚ことば」を使うというが、この会社の入社案内は、人事課員の思い込みに基づいて作成された「幼児ことば」だったのだ、と伊庭(淑親:唯野注)は指摘している。
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