予は危険人物なり
宮武外骨自叙伝
書誌
| text | 唯野 |
| author | 宮武外骨 |
| editor | 吉野孝雄(編) |
| publisher | ちくま文庫 |
| year | 1992 |
| price | 1200 |
| isbn | 4-480-02682-7 |
履歴
| ?.7.29 | 読了 |
| 2010.5.31 | 公開 |
| 2010.5.31 | 修正 |
| 2012.1.7 | 修正 |
感想
世に奇人といわれる人も少ないないであろうが、やはり外骨はその中でも飛び抜けているのではないかと思う。その飽くなき風刺・批評精神の生れる経緯の含めた一生をダイジェスト的にまとめているのが本書である。現実に外骨の活動は多岐・多彩にわたっているので、こういう本は素直にありがたい。河出文庫からもアンソロジーが出ているが、一冊で済ませるのであれば本書だと思う。
抄録
21 f.33
奇を衒う者は真の奇人ではない、真の奇人は天稟天性の旋毛(つむじ)曲りが、科学的神秘的に発達した者でなければならぬ、それで自然に価値ある風刺、価値ある滑稽が産出するのである、世はみずから旋毛曲りをもって任じ、そのヒネクレ根性を一代の生命としている者で、予みずからは真の奇人と信じているものである。
26/68/238/306/394/428/490/598 cf.61
外骨の略歴について。
51
予は、この栄義塾時で、「団々珍聞(まるまるちんぶん)」「驥尾団子」などを愛読した。予の雑誌への愛着心はこの頃から培われたのであるが、ことに「団々珍聞」や「驥尾団子」の滑稽のうちに強い風刺を含めた絵や文章にはすこぶる興趣が湧いた。予の滑稽雑誌への志は、この頃に源を発するのである。
57
さて、宮武昭は、予が亀四郎を外骨と改名前、みずから愛用した通称であり、凹凸亭飄々は、滑稽投書家として好んで用いた戯号である。-/-
63
さて、予は西村房子(妻:唯野注)を連れて上京したが、別にたよる所もなかったので、右の宗十郎町に居た兄の家に住み込み、通信教授(簿記、傍聴筆記学即ち速記術)の記帳係と郵便受取所(現在の三等郵便局)の事務取扱いを担当したのであった。大体明治十八年三月頃のことである。
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