邪眼鳥
書誌
| text | 唯野 |
| author | 筒井康隆 |
| publisher | 新潮文庫 |
| year | 1999 |
| price | 362+tax |
| isbn | 10-117138-6 |
履歴
| 2003.4.19 | 読了 |
| 2003.10.28 | 公開 |
| 2003.11.6 | 修正 |
感想
とてもおもしろい SF。本書には表題作と「RPG 試案――夫婦遍歴」とが収められているが、圧倒的に前者がよい。個人的に長らく筒井康隆の長編といえば七瀬三部作、中編といえば「乗越駅の刑罰」だと勝手に思っていたが、中編の傑作として「邪眼鳥」も加えるベきである――というくらいにおもしろかった。(もちろん他にいくらでもこの人にはおもしろい作品がありますけど。)
物語は出所不明の謎の遺産を残して死んだ父の過去を追う 3 人の息子/娘たちが、父の残したレコード「夏の初恋(「恋は旧字」)」を手がかりに軽井沢へ向かうというストーリーとなっている。そして次第に舞台は過去と現在とが交錯し始め――父の影を追って 3 人が見たものとは――という展開になっている。
# 断筆解禁作だけのことはある ?
# まあ、私好み(ラテンチック)な面によるひいき目な点のあるのも事実ですが...
主要登場人物
入谷精一 出所不明の遺産を残して死んだ父
工藤喜久雄 入谷家の弁護士、牟礼錯悟という名の作家でもある
岡嶋佐市 びっこの芸人、遺産相続人のひとり、cf.129/137<!-- 実は妾の息子、cf.89 -->
春子 義母、cf.136
栄作 主人公
信子 娘、cf.126
雅司 弟、cf.132
尾上冠酔 父のレコードの作詞家
妻川重太郎 父のレコードの作曲家
抄録
22
「たしか入谷さんは、何かで莫大な資産を手に入れておられます。わたしが調べたところではもう、四十年ほども前のことになります」彼にとっても興味のある話題らしく工藤は真顔になり考えながら考えながら喋り出した。「ただしかし、それが何なのかが分からない。-/-
件のレコードについては p.29 を参照のこと。過去との交錯については p.57/66/111 など。<!-- 宝石については p.131 -->
69-70
「それは、でも、書き終わる、ということはあるのかしら。『書き終わる』ということはあるのかしら」
バックミラーを覗けば互いの顔は見える。だがふたりは見ないようにして会話を進めている。
「ないだろうね。時間というものは終らないから。だから、誰かが書き継ぐということになるのかもしれない」
「まるで杉山魯鋒の『邪眼鳥』ね」
春子の顔をスクリーンにして何色もの光線が揺れているがそれで春子の美貌が損なわれることはない。
「どうやって探し出したのか知らないが、あの未完の作品を読んだとは偉いなあ。ただあの『邪眼鳥』は誰かが書き継ぐことを予想して中断されたものではない。魯鋒はあの作品に結末は不要だと信じたのだ。奇怪な事件を書けば後半、その解決を書かねばならないという娯楽小説の鉄則があり、彼はその退屈さや予定調和を嫌ったのだ。昨今の小説論で言われているような、物語の否定などといったものとも少し違う。ひたすら奇怪な事件を書き続けた末に、そこから先、何を書いても興趣が損なわれることが判然(はっきり)とした。それまでの興趣が損なわれない唯一の方法が未完に終らせることである以上、断固として中断すべきであると彼は思った」
さて、ここでいう杉山魯鋒の『邪眼鳥』は実在するのか否か... こういう辺りの真骨頂はやはりボルヘスであろうけど、個人的に書物に登場する架空の書物の書誌学、ないしは事典というようなものがあるとおもしろいのになと思う。もちろん、物語上の架空の土地ばかりを集めた事典なんていうのは既に存在しているという前提の上でのお話である。
# とかいいつつそれも既にあったりして...
195-196 解説より
しかし非現実は、また現実の効果をもちうる。兄妹弟たちが信じた父の声は「偽り」だが、いちど抱かれたその声への欲望は消えない。死んだ父に向けられた欲望、発せられていない呼びかけに対する答えは必然的に宛先を失うほかはなく、それに憑かれた彼らもまた行方不明に陥るほかはない。小説の大部分を占める迷走にもかかわらず、彼らは誰も欲望の対象に到達しない。栄作は春子と、信子は父の愛と、雅司は遺産とそれぞれ出会い損ない、佐市もまた、「執念の父親」に「何らかのやりかたで殺される」ことを待ち続けるだけで小説は終わってしまう。そして筒井はこの小説で、その行方不明の状態を
亡霊になること として表現した。例えば栄作が春子に愛を伝えられないのは、彼がつねに、「拒絶された時の自分が何をするかと待ち構えているようなこの世ならぬものの存在」、つまり父の亡霊を恐れているからだ。そして栄作は「そんな想いや脅えに責め苛まれ」るあまり、「この世ならぬ妖異の存在に成り果て」る、つまり自分自身も「死んだも同様の状態」に陥ってしまう。同じ変化は、またほかの兄妹弟たちにも起こっている。cf.197
