人間の大地
書誌
| text | 唯野 |
| author | 犬養道子 |
| publisher | 中公文庫 |
| year | 1992 |
| price | 780 |
| isbn | 12-201930-3 |
履歴
| 2001.3.8 | 読了 |
| 2001.6.21 | 公開 |
| 2002.10.30 | 修正 |
感想
難民問題を軸に南北問題や我々ひとりひとりにできることまでを論じた警世の書。世における灰谷健次郎のような善意だけの論調が目立つ中にあって、単なる善意などよりもはるかに先を見据えた本書は非常に示唆に富んでいる。内容的に重複する箇所の多いのは困り者だが(それだけ著者は根気よく議論を展開しているともいえるが)、それでもなお要約で十分に著者の意を汲めているのかといわれればあまり自信がない。特に著者の背景にあるキリスト教的倫理観(cf.443)とのつながりといった辺りでは放棄しているに近いものがある。
それはともかくとして、いろいろと自分も考えさせられたし、類書を読まねばならないと痛感したし、私自身に欠けている部分も鮮やかに見えてきて、そういう意味では大変に優れた本だと思う。この本に関していうならば、関心の持たれた方は原著で読んだがいいだろう。
# この人の聖書の本は前々から読みたいと思っているのだが、
# 困ったことに、なかなか古本屋でも見かけない...
抄録
8-9
さらには、いまだに驚かされることなのだが、「難民」とはいかなる人々なのかを、日本の善良な市民や、大学に籍をおく者や、各地方の地方自治体の人々は、「よく知らない」。ヴェトナムやカンボジアやラオス(日本が公に正式に受け入れているのはただ、それら東南アジアからの難民のみである !)において、狂気のイデオロギッシュの政権たとえばポルポトのそれが、最初の狙い(ターゲット)として虐殺・拷問・逮捕等々のしうちを与えたのは、中等以上の教育を受けた(中には錚々たる学者やジャーナリストや医師も多くまじる)中産階級から上の人々であったことなぞに思いも及ばず、「難民イコール賤民、カネほしさに国を出たずるい貧者」といった固定と無知の観念はいまだに日本には居座っているのである。東南アジアから、「われにもあらず、離れることは身を切られるよりつらい」思いを重く抱いてやむを得ず逃れた人々への、偏狭なる差別心は、「国際」の文字を麗々しくかかげる高校の生徒の中にも巣食っているのである。cf.65/74/176/384
18
こまやかさ、こまかさは、自体、善いものではある。
が、それらに巻き込まれてしまうと、眼と心は「自分たちの毎日だけ」に、とかく向う結果になる。そして、かんじんの「自分たちの毎日」を根底からおびやかす危険を多分に持つ何ごとかが、ついそこに立ちあらわれて来ていても、気づかぬと言うことになってしまう。
27
難民や飢餓は空白地を生み出し、それは外部(大国やイデオロギー)からの力の入り込む隙を作り出す。
31
チャンスの一語は、いまの日本の水準と基準で理解されてはならない。「南」においてのチャンスとは、一にも二にも、「まず食べる」こと、だ。食べられないから体力がつかぬ、いや、その前に脳が発達しない、恒久的な空腹と栄養失調とそれらが呼び起す慢性の病気(例えば脚気、例えば結核)に苦しむ、苦しむから働けず考えることも出来ない、だから収入がひどく乏しい(後章詳述)、収入が乏しいから食べものが買えない、変えないから空腹で……と、悪循環ははてしなくつづく。
63-64
「国境なき医師団」は 1960 年代末にベルナール・クシュネルの創意によって生まれた。名前の通り国境を越えたボランティア団体として世界中で活動している。
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