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変 !!

書誌

text唯野
author中島らも
publisher双葉文庫
year1995
price500
isbn575-71063-6

目次

1感想
2抄録

履歴

?読了
2004.4.11公開
2004.6.16修正

感想

まあ著者のらしさといえばらしさの出ているエッセイ集。恐らく学生の頃に読んだままと思われ、読了がいつなのかさえ不明な本である。まあ、こんなものも含めて、今では読んだきり読書ノート化されていない本だけでも本棚の一角を占めるほどになってしまった。何とかせねばとは常々思っているのだが...

抄録

98-100

特定の民族をだしにしたいわゆるアパルトヘイト・ギャグについて。例えば以下が紹介されている。いずれも有名だが、ユダヤ人はがめつい、スコットランド人はケチというようにお決まりの傾向がある。

 場所はソヴィエトの強制収容所である。
「なんで、ここにいるんだい ?」
「一九三九年に同志ポポフの悪口をいったからさ。君は ?」
「ぼくは一九四三年に同志ポポフをほめたからだよ」
ふたりはもう一人の囚人に問いかけた。
「きみは ?」
「私はポポフだ」

「いいニュースと悪いニュースがある」

「いいニュースから聞かせてくれ」
「ヒットラーが死んだそうだ」
「ひゃっほう。で、悪いニュースというのは ?」
「それが誤報だったのさ」

「あるロシア人が?フルシチョフはバカだ ! フルシチョフはバカだ !?とわめいてクレムリン宮殿の前を通り抜けようとした。その男は捕えられて、二十三年の禁固刑に処せられた。三年は党書記長に対する侮辱罪であり、二十年は国家機密漏洩罪であった」

それでは日本人はというと...いうまでもないか。

106

子供というのは、よおく見ているとわかるけれど、酔っ払いに似ている。

物の道理が通用しない。わがままである、何度言ってもわからない、放っておくと何をするやらわからない。その辺が酔っ払いにそっくりだ。

198

何にも悪いことをしていないのにいじめられる、というのは人間の世界にこそ多いことであって、妖怪云々はそれをイマジネーションの世界に仮託したにすぎない。

「いじめの構造」が取りざたされだしてからずいぶんになるが、面白いのは社会正義をふりかざして取材してくるマスコミに対して、当の「いじめっ子」たちは「あいつはいじめられる理由があるからいじめたんだ」と居直ってみせるところである。

その「いじめられる理由」というのは彼らのつたない口ではうまく表現できないのだろうけれど、つまるところ「何となくカンにさわる」ということだろう。

201-202

テレビに出てくる素人でも、常連になるような人は比較的勘違いの度合いが少ない。というよりは、小面憎くなってくるほどに、自分の番組の中における「役割」をつかんでしまっている人が多い。たとえば討論会のような番組に呼ばれたとして、「すぐ感情的になる」というキャラクターで自分は呼ばれたのだということを熟知している。番組の流れの中で、ややダレてきたな、というようなツボを的確に押さえて、ここぞというところで自分の感情を爆発させて「見せ場」を作ったりする。攻撃型の人もそうで、「ここは一発かまして、それも?大物喰い?で見てる奴をハラハラさせてやるか」といったタクティクスにのっとって動いている。これはある意味ではタレント以上にタレントだということができる。僕も何度かそういったテレビの討論に引っ張り出されたが、出場者のそうした「自演」はみごとなものだった。その証拠に、番組の中ではつかみ合わんばかりの論戦を交えた人たちが、番組終了後はいっしょにビールをくみかわして、あそこはもう少し突っ込んでおけば盛り上がったのなんのと、和気あいあいと談笑しているのである。僕の知るかぎり、本気で怒ってサッと帰ってしまったのは広瀬隆氏ひとりだけだ。

262-263

コックさんにも和、洋、中といろいろあるが、仮に闘わせた場合、誰が一番強いか、という話を友人としていた。

お互いの意見は一致をみて、それはやはり中華のコックさんだろう、ということになった。

料理人は皆包丁を持っているけれど、その中でも一番破壊力のあるのはあのナタのような中華包丁だろう。-/-

次に中華の第二の武器は、あの中華ナベである。

あれを盾がわりに使われると攻め込みようがないし、また鈍器として使われたら頭のハチが割れるだろう。

第三にコワいのは、あの鉄のオタマみたいな奴である。

あれで煮えた油でもピュッとかけられると、身のかわしようがないではないか。

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