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現代読書法

書誌

text唯野
author田中菊雄
publisher講談社学術文庫
year1987
price680+tax
isbn4-06-158775-7

目次

1感想
2抄録

履歴

?.8.8読了
2010.6.30公開
2010.7.3修正
2012.1.7修正

感想

岩波英和辞典の編者として有名な人の本。まさしく読書本の真打ちのひとつといってよく、読書について記した本はそれこそ枚挙に暇のないほどであるが、後世にも確実に残るのではないかといえる一冊である。内容は多岐に渡り、もちろんコンピュータのある現在ではもっと便利に済ませられる点もある。しかし、読書を自ら学ぶ人のための友とみなす書物への愛情で全編が貫かれている(例えば、抄録の p29-30 を見よ)。私がこの本を読んだのはかなり昔になるが、今回読書ノート化する際に摘読してみても、自分自身の読書にとって大きな影響を受けた一冊であることは間違いない。

凡百の読書本に目を通している時間があるのであれば、ぜひ本書に目を通してみて欲しい。有名な著者自身が英和辞典を月賦購入し、おかずにタクワンのみで一年を過ごした挿話(p215-216)に胸を打たれない読書子はいないはずである。また、そのような書物との出会いを持てた人は幸せであると私は信ずる。

抄録

16

ところで書籍にはまた今一つ見逃し難い徳がある。それはすなわち人類の過去の全精神全精華が書中にあるとともに、また人類の現在が、当代における地霊人傑の活発(旧字:唯野注)々地の活躍が、思索が、意見が、時代精神の現前の動きが、展開が、実の書籍の中に存するということである。輓近(ばんきん)における印刷術の長足の進歩と、通信交通機関の驚天動地の発達と、教育の普及がこれを可能ならしめたのである。われらはただに「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」のみに止らず、「新しきを覓(もと)めて新を知り、今日を究めて明日を卜す」べき境地に到達しているのである。

27

安倍能成氏がその「読書論」の中で、

書を読め、書に読まれるな、とは我々の絶えずきかされる戒告であるが、書中の世界にはいってゆくには、いつも固く甲(よろい)を着けていてはならない。むしろ読まれる時には読まれ、まいる時にはまいり、酔うには酔った方がよい。まず書物を全身全霊に受けて普(あまね)くその浸透を受けるということも、読書を以て我々の血となし、肉となすには必要なことであろう。書物に征服されているのにそれを支配しているような顔をしても駄目である。最初に身振(ゼスチュア)を定めないで相手の動かす所に任せ、さてその後に起き直る方が遥かに有効である。

と言われた言葉は、私たちの当にとるべき読書の態度を教えられたいみじき活指針であると思う。

29-30

だから私は思う、読書の準備として最も大事なことは何といってもこの心の準備に外ならないと。ただ一片、この好学心というものさえあればいかなる境遇にあっても立派な読書人となることができるものである。いかなる業務に就いても読書によって性格を築き上げることができるものである。真実職業に貴賎はない。人の貴さは性格(キャラクター)によるのである。そして、性格の錬成に読書ほど大切な糧はない。自己を築くための読書、自己を養い育てるための読書、我が魂の糧、これを廃するのは自殺である。

34-35

-/-そこで古来読書の道を説いた人で、書籍の選択について訓(おし)えなかった人は一人もないのであるが、就中(なかんずく)有名なのは米国の哲人エマーソンの提示した書籍選択の三大原則である。それはどういうのかというと、

第一、出版してから一年を経たものでなければ、いかなる書物も読むな。

第二、声価のある書物でなければ読むな。

第三、自分の好む書物でなければ読むな。

というのである。ずいぶん思い切った原則で、これに対してずいぶんいろいろ非難もある。-/-

37

-/-少し読書をすれば、こうして所謂「読むべき本」はいくらでも自分に見つかるものだ。損をしない読書などといっていると、凡俗な優等生にしかならない。終始損をしている読書生が、本当に独創的のものをつくるのである。(土田杏村)

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