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僕に踏まれた町と僕が踏まれた町

書誌

text唯野
author中島らも
publisher集英社文庫
year1997
price460
isbn8-748639-7

目次

1感想
2抄録

履歴

2002.4.0x読了
2002.4.10公開
2002.6.16修正

感想

書名に惹かれて読んだ本。しかし少し外れな本であった。もちろん、若さゆえの過ちみたいな論調は悪くないし、むしろ好きな方なのだが、何も考えずに読めてしまったというか、読むとその途端に読んだことが頭から抜けてしまうという感じでいまいちだったためである。まあ「そういう尻切れトンボなかたちそのものがらしさなのだ」といわれれば、何も返す言葉はないのだが...

# それはそうと、若さゆえの過ちというとシャア・アズナブルの有名な
# 「認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちというものを」
# が印象的ではあります。まあ、私に吐ける言葉ではありませんが :-)

抄録

36

僕と Y は、コミックバンドが大嫌いだった。ロックとは、あえて他の言葉に仮託するならば「殺気」のひとこと、それ以外のものではありえなかったのだ。ストーンズ、ドアーズ、ジャックス。好きなバンドはどれも、その成りたちようのどこかに必ず殺意の匂いをただよわせていた。ただ、ロックへの情熱でのぼせのきていた僕たちには、冷静さが欠けていた。自分たちのバンドのすべて――演奏、曲、アクション、容貌、バンド名、どれをとっても、客観的に見れば「コミックバンド」以外の何者にもなり得ていないことに気づくには、かなりの年月が必要だったのである。

73-74

僕はそのたまり場にまぎれ込んで居心地のいい思いをしていたが、思想的なことではまったく話が合わなかった。彼らのいう「革命」が根源的なところでヒューマニズムと通低しているのが気にくわなかったのだ。

そのころの僕は、自分が腐った膿のかたまりであることを自覚していた。もちろん世界は自分よりもっと腐っていて、いっそもろともに爆発し、消滅してしまうことを望んでいた。

76

「楯の会」の結成のあたりから三島(由紀夫:唯野注)の言動が変だというのは全員が感じていた。しかし、それは言わば一種の儀式性に支えられたジョークで演劇的なパフォーマンスの領域を出ないものだと僕は感じていたのだった。おそらく日本中のほとんどの人がそう感じていて、それゆえに「現実の死」が象徴の皮膜を突き破って突きつけられたときに我を失って呆然としたのだろう。

79

高校時代の飲酒体験などをこうやって楽しげに回想したりすると、原稿用紙の向こう側に、まゆをひそめた読者の顔がちらついてやや忸怩たる思いにかられる。この文章が「教育上よろしくない」のは自分でもわかっている。ただ、考え方のちがいかも知れないが、学生が大人のまねをして酒を飲んだりするのは僕の感覚ではしごくあたりまえのことなのだ。飲み方を知らないから当然大失態を演じる。酒の手ごわさを知る。そういう体験はむしろ子供にとっては必須の「通過儀礼」なのではないだろうか。-/-

103

-/-人を信用するときは?だまされてもいいや?という気でやることにしている。

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