崩壊する映像神話
書誌
| text | 唯野 |
| author | 新藤健一 |
| publisher | ちくま文庫 |
| year | 2002 |
| price | 880+tax |
| isbn | 480-03749-7 |
履歴
| 2002.12.12 | 読了 |
| 2002.12.31 | 公開 |
| 2003.1.2 | 修正 |
感想
本書の帯には「ヤラセ番組、ウソ報道のカラクリを見抜け !」とあるが、昨今そうでないものを探す方が難しいくらいなのでは――などと感じてる私にとっては帯のインパクトはいまいちであった。おまけに今の住所に引っ越してからというもの、テレビのない生活を送っているのでテレビ番組がどうだろうと構わないのだが、関心はあったので読んでみたというのが実際である。また、テレビ番組以上にパソコンでは画像加工などそれこそ思いのままであるから、むしろそういう方面で危機意識のあったというのが正直なところであった。
内容的には割と最近の話題から過去のものまで万遍なく取り上げられており、私の知る限りでも類書は少ないように思われるので、なかなかの好著であると思う。(元をただすと講談社現代新書の『映像のトリック』(1986)を大幅に加筆したものという位置付けらしい。)よい機会だったので、ついでにいくつか私見も追加しておいた。
抄録
8
その一方、油まみれになった水鳥の姿は「イラクによる環境テロ」を印象づけた。ゲームのようなトマホークのピンポイント攻撃に世界はかたずを飲んだ。
だが、米国主導の多国籍軍による報道規制が解かれ戦争の真相が明るみに出てわかったことは、「環境テロ」はむしろ米国による爆撃が原因であった。トマホークによる攻撃も伝えられたほど命中してはいなかった。
今、考えてみると湾岸戦争をめぐる報道は非常に示唆に富んでいる。本書ではこのすぐ後で、ナイラと呼ばれるクウェート人少女による「病院でイラク兵が赤ちゃんを床に投げつけた」という証言が、実は少女は在米クウェート大使の娘でありずっと米国にいてクウェートにはいなかったこと。そして全ては広告代理店ヒル & ノールトン社による情報操作であった逸話を紹介しているが、そもそもの油まみれの水鳥自体が演出であったことは記憶に新しい。
私はインターネットでもよく CNN.co.jp (たまに本家も)を見ているが、最近のイラクをめぐる報道において「どのような情報がどのようなタイミングで出てきているか」に着目すると非常に興味深いものがある。というのも、これくらいの大きな政局を揺るがす話題のネタが何の意図もなくリークされること自体、当然あるはずがなく、そこには必ず何らかの意図があるというべきだからだ。そして、それは話題だけでなくタイミングが非常に重要な意味を持つ。
それゆえ、例えば「アメリカ軍は、イラクに対して○○からの侵攻作戦を立案している」などというのは、当然ながらイラク側に対する牽制であり情報撹乱であり、侵攻の時期を含めた陽動、そしてアメリカの政局でブッシュがどういう状況にあるか(何の国内情勢をごまかしたいか)、或いはある周辺国に対する政治的決断を迫るためのプレッシャーというような意味があると見るべきである。
逆にいうと、こういう報道を文字通り表面だけ追っても全く意味はないし、それを額面通りに受け取って怒ったり悲しんだりするのはマイナスでしかない。なぜなら、それは厳しいいい方をすれば、そういう情報をリークした側の意図に乗せられているということになるからである。だから、特にイラク情勢が緊迫化を増している現状において、更に今後アメリカが再びイラクに侵攻することを想定した場合(私から見ればそれはもうまず起こると思う)、湾岸戦争時との比較が非常に意味を持ってくる。
恐らく似たようなことが起これば、今度も同じように情報の演出が三大ネットワークを含めて当り前のように行われるだろうし、日本のマスコミもそれを丸写しするだろう。「戦争の美化」なんてもの自体がそもそも胡散臭いわけであるから、これはむしろ自分の情報に対する姿勢をチェックする上でもひとつの試金石たりえる。というより、その程度の知的武装もせず、そんな意識もないままの愛国心だとか何だとかなどというものに、どれほどの価値があるのだろうか ? 戦争の始まってからだけ戦争反対することにどれほどの展望があるのだろうか ?
20
現在、私たちの周辺にウズ巻く広告、宣伝、ヤラセの基本は、ドイツ・ヒットラー時代の宣伝相ゲッベルスによってうち立てられた。
ポスター宣伝、映画、マンガの利用、トリック、サクラの利用による群衆煽動、ラジオの統一、写真の政治的利用法、制服による人間のパターン化、PK (ペーカー、宣伝)中隊の発足など、ヒットラー戦略にとって必要なありとあらゆる宣伝謀略活動を実践してきたのがゲッベルスだった。
22
それでは「映像」が本物がニセ者か、どうしたら見分けることができるか ? 答えは簡単だ。「撮影者が自分の写真や映像に責任を持ち、撮影者が証言する場合のみ証拠能力がある」ということだ。逆に言えば、撮影者や提供者(社)が誰かわからず、キャプションも誰が書いたか、わからないような映像情報は信用してはいけないのだ。
28
こうした事情や背景がわからず、私なり、金子氏なり、どちらか一方をカットしてアグネス・チャンさん中心に写真をトリミングすれば、その写真は「芸能スキャンダル写真」として立派に使える。写真のあいまいさ、怖さは実はこうした記念写真一枚についても言えるのだ。
34
(日航機墜落事件の際:唯野注)カメラを意識して、"しかたなしに" 頭を下げた高木社長だが、結果は逆のイメージとなった。
経営者は、こうあらねば……とするニューヨーク・タイムズの「日航絶賛記事」も、この程度の認識とイメージで書かれている。
そして、この事件をきっかけにして別の箇所では「ニュースがカネになる = ニュースのショー化」が始まったとの指摘がされている。cf.149-150
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