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六韜

書誌

text唯野
author林富士馬(訳)
publisher中公文庫
year2005
price952+tax
isbn4-12-204494-4

目次

1感想
2抄録

履歴

2008.5.13読了
2010.5.4公開
2010.5.4修正

感想

武経七書というと、『孫子』『呉子』『尉繚子』『六韜』『三略』『司馬法』『李衛公問対』を指すが、やはり最も有名なのは『孫子』『呉子』であり、それに次ぐのが『六韜』『三略』ではないかと思われる。私もかなり昔に『孫子』『呉子』だけは読んだが、それ以外は手軽に手に入る本でもなかったので名前だけの存在であった。しかし、文庫化していたことを知り、『六韜』『三略』を読んでみた次第である。

『六韜』は周の文王・武王が太公望に質問して答えを得るという Q&A 形式となっており、その内容は決して兵書としての戦術のみにとどまるものではない。古今の武将たちに広く読まれてきたとされているが、『孫子』『呉子』に比べれば...という感じもなくはない。しかし、全般的に読みやすくまとまりもよいため、それも広く読み継がれて来た一因ではないかと思う。

抄録

11

『六韜』は、文韜、武韜、竜韜、虎韜、豹韜、犬韜の六巻、六十章から成り立っている。-/-

-/-世間で<虎の巻>ということをいうが、その<虎の巻>ということばは、この『六韜』の第四巻、「虎韜」が出典だと考えられる。

12

『六韜』六巻六十章は、紀元前十二世紀、殷の紂王を破って周王朝を建国した武王と、その父文王とが、太公望呂尚に質問し、それに太公望が応答した問答体で、全編が構成されている。

したがって、『六韜』は、周の太公望が著わしたものだといわれてきたが、ほんとうは、太公望に仮託しての後人の作であるらしい。

23-24

文王はさらに尋ねた。

「人の心をひきつける徳をどうやって確立すれば、天下が帰服するだろうか」

太公望は答えて、

「天下は君主一人の天下ではありません。天下万民のための天下であります。天下の利益を万民と共有する心がけがあれば天下を得、天下の利益を独占すれば天下を失うことになるのは当然です。

天には春夏秋冬の四季があり、循環して地上の資源、財産を生かします。この天の時と地上の生産物のめぐみを、天地の理法に順応して万民と分かちあう者こそ仁といいます。仁のあるところに、天下の人々は帰服すます。

死地に陥っている人を救い、人の難儀を解き放ち、人の心配ごとを助け、人の危急を救済するのを徳といいます。その徳のあるところに天下の人々は帰服します。

衆人と共に憂え、衆人と共に楽しみ、好み、また憎んで自我を主張しないのを義といいますが、その義のあるところに天下万民は赴きます。

そもそも人間は死をいやがり、生きることを楽しみ、徳を好み、利得につくものです。生と利とを生み出すのが人間のごく自然な道なのですから、その道のあるところに天下の人々が帰服するのは当然なわけです」

33

文王はいった。

「君主としてその地位にあるときの態度や心がけについておうかがいしたい」

太公望は答えた。

「心を安静にして柔和ではあるが、おのずから節度を保ち、他人に一歩を譲って争わず、先入観を持たず、偏見を去り、よく恩恵を施し利を与え、虚心でわだかまりがなく、公平無私の心がけを持つことです」

38

「こころみに彼らを裕福にして、その富にまかせて礼を失するかどうかをみます。彼らを高位高官に任じて傲慢になるかならないかをみます。彼らに重い責任を持たせて、そのまっとうするところをみます。彼らを使ってみて、隠し立てをしないかどうかをみます。彼らを危険なことに当らせて、恐れるところのない態度をみます。彼らを種々の事変に当らせて、ゆきづまることがあるかどうかを観察します。裕福になって礼を失しないのは仁であり、高位高官になって驕らないのは義であり、重責を負うて意志を曲げないのは忠であり、用いてみて隠しごとをしないのは信であり、危険な立場でも恐れることのないのが勇である人であります。種々の事変に応じて窮することがないのは臨機応変の謀才をそなえた人であります。-/-

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