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光ほのか

書誌

text唯野
authorマルグリット・オード
editor堀口大學(訳)
publisher新潮文庫
year1956
price440
isbn10-250111-8

履歴

2003.6.18読了
2003.11.6公開
2003.11.6修正

感想

薄幸な一人の女性の半生を追った小説。逆境にあってなお人を憎まない性格が歩む厳しい生き様を淡々とだが気高く描いている。映画でいえば「ダンサー・イン・ザ・ダーク」(もちろんミュージカルではない)――のような物語とでもいうべきお話である。

読み手を捉えて離さない悲しさが全編を覆っているが、だからといって、それは同情を乞うタイプのものではない。なぜなら主人公の光ほのかは明らかにそれを自らのものとして選んでいるからである。後年になってノエルとの追想に現実との境界を失っていく彼女が果たして毅いといえるのか、正しいといえるのかは疑問である。しかし、それをもってしてなお誰にも彼女を責めることはできないのではないかという気がする。

主要登場人物

光ほのか(エグランティヌ) 主人公の娘、美声の持ち主、cf.54/130/175
トゥー坊 ほのかの飼っていた犬、cf.110
ノエル・バレー ほのかの幼友達の少年、やがてほのかと恋仲になるが...
マドモアゼル・シャルム 女教師
 他に近所の人として跛のルイとマルグリット・デュプレがいる
光爺さん ほのかの祖父(光 = リュミエールが姓ということ)
リュック ノエルの兄、cf.92<!-- 財産のないほのかをノエルから遠ざけようとする -->
ジャック・エルモン パリに出てきたほのかの隣人のオルガン弾き、cf.154/203
タンシア・エルモン ジャックの妻、クリスティヌの母。cf.199

抄録

4 はしがきより

ほのかは、目の大きな、怜悧で、感じ易く、敏活で、元気一ぱいな小娘でした。熱意と純情がすべてを忘れさせる性格でした。天国の天使たちから借りて来たとしか思えないような天与の美声と、微妙な空想力が、彼女のこの世の持参金の全部でした。彼女の不幸は、人を疑えず、人が憎めないことでした。八歳の時、ほのかは同級の意地悪な生徒に怪我をさせられ、先生に、その傷はどうしたのと訊かれると、何でもありません、どこで怪我をしたか知りませんと答える。十八歳の時ほのかは、殺してもなお飽きたりないほどに思っている敵の胸に、松葉が落ちて来て突きささるのを見ると、思わずそれを抜き取ってやる。『光ほのか』これは、こんなに美しい心を持った一人の女が、その善良さ故に、その純真さ故に、いかにこの世に生き難いか、いかに人生に不幸であるかの物語です。「まだ暗すぎる、夜明けを待たなければならない。」これが作者オードの人生に対する悲痛な最後の叫びです。

7 はしがきより

オードの作品は、いずれも、年若くして、人世の激浪中に放り出され、貧苦の中から自らの前途を開拓しようと、全身全霊の力を以って聖らかに戦い抜く、けなげなそして哀れな女性の生活を物語っているのですが、ここにも作者の半生の自伝的反映がありありと感じられます。

そして、本作がその著者による最後の絶筆となった作品である。

92

「あんたが、兄貴に身を委ねたというのは本当かい ?」と、こう彼が追いかけるように言った時、彼女の全身はわなないた。

彼女には返事が出来ない。咽喉は渇ききって、心臓は逃げ出そうとする。彼は待っている、相変わらずじっと彼女を見つめながら。彼女は非常な努力をして、わずかに答える。

「そんなこと嘘ですわ !」

むろん彼女は潔白であるのだけれども...

113

うなだれて彼女は今、彼の姿を見まもっている。くるぶしの上にきちんと坐って、人があらゆるものを彼女から取り上げてしまった今では、もう何も与えるものが無くなったというかのように、彼女は身じろぎ一つせずそこにいる。またあの焔が頭の中で燃え熾(さか)ろうとするらしく、こめかみがほてって来たので、彼女の瞼だけが動いている。彼女は、トゥー坊の毛皮が湯気を立てたように、今自分の着物が湯気を立てているのに気がつかない。彼女は自分を取り巻いて立ちのぼり、灰色の雲のように部屋中にひろがるもやに気がつかない。彼女は濡れた自分の頭髪(かみのけ)が、あの独特な神秘な匂い、ブレルーの妖精の匂いを強く立てているのに気がつかない。彼女の注意はことごとく、時に遠ざかり、時に近づくように感じられる或る不思議な物音にだけ集中する。どうやらそれは家の中のどこかで鳴っている亀裂(ひび)の入った鈴のように聞える。それは時に強く、彼女の耳を打って、そしてぴたりと止まる。それが止まる度毎に、彼女には自分の胸から、心臓も、そしてまた呼吸を司どるすべてのものも消え失せるように思われる。彼女の口は吐気のする時のようにひらかれ、彼女の身体はふらつく。やがてまた鈴の音が聞え出し、そしてまた、すべてがくり返される。cf.116/192

159

「あなたのマンテルピースの上に美しい花瓶が一つある。それをあなたは好きで、非常に大切にしている。或る日、どうしたことのはずみか、それがあなたの手を滑って割れてしまう。悲しい心で、あなたは破片(かけら)を拾い集める。あなたの意思一つで取り返しがつきでもするかのように、それを継ぎ合わせようと試みる。だが、やがてあなたは気がつく、もとのあの花瓶に残っているのは、醜い破片でしかないと。空虚(うつろ)に残されたその場所を見るのが辛いなら、厭でもあなたは別の花瓶と置き換えなければならない。」cf.161

既にお分かりのようにそれができるような娘ならば何も苦労はしないのである。

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