ホーム > 読んだ > 国外

ボルヘスとわたし
――自撰短篇集――

書誌

tagラテン
text唯野
authorホルヘ・ルイス・ボルヘス
editor牛島信明(訳)
publisherちくま文庫
year2003
price1,300
isbn480-03795-0

目次

1感想
2抄録

履歴

2003.10.12読了
2003.11.9公開
2003.11.10修正
2012.1.18タグ追加

感想

まさしくボルヘスのボルヘスによるボルヘス読者のための本である。というのも本書に収められた短篇は自選であるというだけでなく、それに対する解説まで付けられている。おまけに自身による自伝まで含んでいるのだから、何とも便利な一冊となっている。また、それだけに広大なボルヘスの世界に対するひとつの定見を得る上でも極めて好適な本といえるように思う。

個人的には短篇の方は既知のものが多かったため、それらは再読というイメージが強く、それだけに自伝が最も興味深くおもしろかった。

抄録

21/25-26

「食堂を降りた地下室にあるのです」悲嘆のあまり持前の横柄さも影をひそめた弱々しい声で彼は続けた。「それはわたしのもの、わたしのものなんです。まだ学校にも行っていないほんの子供のころに、わたしが一人で見つけたものなんです。地下室に通じる階段は非常に急だったので、叔父にも叔母にも降りてはいけないと言われていたのですが、ある時誰かが、地下室には世界(ムンド)があると言っているのを聞きつけました。その人が言ったのは旅行かばん(ムンド)のことだということが後でわかったのですが、その時わたしは、文字どおり一つの世界が下にあると思いこんだのです。ある日わたしはこっそりと禁じられた階段を降り始めましたが、途中で足をすべらせて転げ落ちてしまいました。そして目をあけた時に見たのです、アレフを。」

「アレフ ?」とわたしは言った。

やっとこの物語の筆舌につくし難い核心に到達したが、作家としてのわたしの絶望がここに始まるのである。あらゆる言語は、伝達者と被伝達者とが同じ過去を共有していることを前提にして使用される、記号の集合体としてのアルファベットである。とするならばあの無限のアレフを、わたしの惰弱な精神がほとんど記憶にとどめていないアレフを、いかにして他人(ひと)に伝達することが可能であろうか ? こういう場合神秘主義者たちは象徴をふんだんに用いる。-/-おそらく神々はわたしにもこれらと同類の比喩をお許しになるだろうが、その記述は文学や虚構によって不純なものにならざるをえないだろう。実際わたしがしようとしていることは不可能なのである。というのは無限に連なるものの一つ一つをいくら列挙したところで、所詮それは微小な一部分にすぎないからである。あの巨大な一瞬間に、わたしは何百万もの愉快な、あるいはおぞましい行為を見たが、それからすべてが、一つとして重なり合うことも透視的に見えることもなく、空間の同一点を占めているという事実ほど、わたしを驚嘆させたものはなかった。わたしが眼にしたものは同時併存的であった。しかし次に書き写すものは継起的になってしまう。それは言葉というものが継起的なものだからである。-/- cf.31

「アレフ El Aleph」より。作者による解題としても p25-26 と同様のことが述べられている。cf.299

46

「死ぬためには、ただ生きてさえいればいいのね」と女の声が言うと、また別の女が同じく思いに沈んだ調子で言った、「あれほど尊大な男だって、もう蝿を集めることきりできやしないんだわ。」

64

何の脈絡もない目眩(めくるめ)く夢に、秩序ある形姿を与えることは、人間――かりに高次元のまた低次元の謎を見抜く力を備えているとしても――が考えうる最も困難な企図であることを、彼は理解した。砂で縄をあざなったり、風で貨幣を鋳造したりすることよりはるかに困難である、と。そして最初の失敗はやむをえないと考えた。そこで、これまで彼を翻弄してきた、人の密集したあの幻覚を忘れ去ろうと誓い、新たな方法を探究した。そしてそれを試みる前に、一ヶ月を費して、錯乱のために消耗してしまった体力の回復をはかった。夢を見ようという考えを一切ふり払ってみると、ほとんど瞬間的に眠りに入り、その日のかなりの部分を眠ることができた。この休養期間中にも数回夢を見たが、その内容など気にも留めなかった。月が完全に丸くなるのを待って、ふたたび仕事にとりかかることにした。そして満月の夕刻、川の水で身を清め、天体の神々に祈りをささげ、全能者の名前を定められた通りに唱え、眠りについた。すると直ちに、脈打っている心臓を夢見た。

「円環の廃墟 Las ruinas circulares」より。この短篇はその結末を含め傑作だと思う。訳出は最初に接した岩波文庫の 『伝奇集』 の方が優れている感じだが、「最近はおもしろい短篇がない」という不満のある方にはぜひ読んでもらいたい本である。しかし、当のボルヘス自身としては必ずしもこれが最良の作品だとは思っていないようである。これに関しては追って取り上げている第三部の箇所を参照して欲しい。

95

-/-(このような彼を、未来の中に潜んで待ちうけていたのが光輝に満ちた啓示の夜――ついに彼が自分自身の顔をかいま見た夜、ついに自分の名前を聞いた夜――でった。十全に理解されるならば、その夜は彼の物語のすべてを語りつくすことになろう。いやむしろ、その夜の一瞬間は、一行為は、と言った方がよかろう、というのは行為はわれわれを象徴するものだから。)およそ人生は、それがいかに長くまたいかに複雑であろうとも、本質的には「ほんの一瞬間」――人が決定的に自分の正体を見抜いてしまう瞬間――に凝縮されている。-/-

119

『神学大全』は、神はかつてあったことをなかったことにすることはできない、と言っているが、原因の結果の複雑で微妙な関連については何もふれていない。ところがこの因果関係は極めて広範にわたる深遠なもので、おそらく、一見いかにとるに足らないような遠い過去のほんの一片の事実でも、現在を無効にすることなく抹消することは不可能だろう。過去を修正するということは、ただ一片の事実を修正するにとどまらない。それは無限に波及していくその事実の結果を取り消してしまうことなのだ。換言すれば、過去の修正は二つの世界史を作り出すことになるのだ。-/-

全文を読まれる場合はログインしてください


Up