1984年
書誌
| text | 唯野 |
| author | ジョージ・オーウェル |
| editor | 新庄哲夫(訳) |
| publisher | ハヤカワ文庫 |
| year | 1972 |
| price | ? |
| isbn | ? |
履歴
| 1997.10.2x | 読了 |
| 1998.5-6 ? | 公開 |
| 2001.9.18 | 修正 |
感想
まさしく衝撃的な一冊。オーウェルの名が本書によって不朽のものとなっただけのことはある。個人的にはある程度、話の進展の予想できてしまうようなところもなかったわけではないが、それを差し引いてなお、隙のない全体の構成、来るべくして来るラストシーン、危険な予見に満ちたストーリーといった完成度の高さは、20世紀を代表する文学作品のひとつとして間違いのない世辞になると思う。
いうまでもなく、「1984年」の中で繰り広げられるのは冷戦構造下を想定したかのような世界で繰り広げられる超管理社会の姿である。そこは、(1)誤った事実は瞬時にしてすべてが書き換えられながら真実は常に新しいひとつしか存在せず(それを疑問視することもない)(2)管理社会のアンチテーゼ/抵抗運動として流布しているはずのゴールデンスタインの兄弟同盟までが管理社会側の造反者を利用するための道具としてあらかじめ組み込まれ用意されていた存在なのであり(3)管理社会への造反者は究極的な従順/転向を手に入れることによって始めて死による解放が与えられる――そういう世界である。現在までの人類の歴史においてここまで意図的に計画/実現された管理社会はまだ存在していないが、特定の政治体制/指導者のもとにおいては似たような社会の存在していたことは今さら論を待たないところだ。オーウェルの先見性は、それを究極的な姿として描き切ることによって、我々に強烈な衝撃を与えることに成功しているわけであるが、まだそのような管理社会が正当性を獲得したためしのないのがせめてもの救いということになるのだろう。なぜなら、この世界はその管理社会が絶対に破綻しえないという点にこそ最大の恐怖があり、またそのための権力を維持するためにこそ管理の存在理由/目的が正当性を獲得しているからである。
抄録
24 偉大なる兄弟のスローガン
戦争は平和である
自由は屈従である
無知は力である
48 二重思考
-/-「現在を支配するものは過去まで支配する」にもかかわらず、過去はその性質からして改変が可能でありながら、ついぞ改変された試しがなかった。当面、真実とされるものは未来永劫にわたって真実であった。操作は簡単そのものだった。必要なことは自分の記憶力に対して果てしない勝利を樹立しさえすればよかった。?{ルビ:真実管理|リアリティ・コントロール}?と、それは呼ばれていた。新語法では?{ルビ:二重思考|ダブルシンク}?といわれた。-/-心は?二重思考?の迷路に滑り込んでいった。知ること、そして知ってはいけないこと、完全な真実を意識していながら注意深く組み立てられた虚構を口にすること、相殺し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること、論理に反する論理を用いること、モラルを否認しながらモラルを主張すること、民主主義は存立し得ないと信じながら党こそ民主主義の擁護者だと信ずること、忘れ去る必要のあることはすべて忘れ、しかし必要とあれば再び記憶の中に蘇らせて再び即座に忘れ去ること、そしてなかでも、その同じ方法それ自体にも、この方法を適用するということ。それが窮極のなかなか微妙な点であった。まず意識的に無意識の状態を作り出し、しかる後にもう一度、いま行なったばかりの催眠的行為を無意識化するということであった。?二重思考?という言葉を理解するに当たっても二重思考を用いなければならなかった。-/-
202 過去の改変
-/-きのうから溯っていく過去というものが、現実に抹殺されていることが分るかね? それがどこかで生き残っているとしたら、なんの名前もついていない僅かばかりの固形物だけなんだ、そこにあるガラスの塊みたいにね。もう僕たちは文字通り、革命のことだの革命以前のことなんか何ひとつ知っちゃいやしない。あらゆる記録は破棄されるか変造されたし、あらゆる書物は書き変えられ、あらゆる絵も描きなおされた。どの銅像も街もビルも名前をつけなおしたし、日付けさえ変えられちまった。そしてこの作業は毎日、一分一秒の間にも続けられているんだ。歴史は止まってしまったのだよ。何事も存在しないんだ、果てしない現在と、その中にあって常に正しい党の他は。-/-
256-258 戦争の存在理由
然し乍ら戦争が文字通り継続性を持つことになれば、戦争はまた危険な物では無くなってしまう。戦争状態が続いていれば軍事的な必要といったものは不要だ。技術開発も中止できるし、最も明確な諸事実を否定するなり、無視することも可能である。我々が既に見て来たように科学的と呼ばれる研究は依然として戦争目的のために行なわれているが、然し孰れも本質的には一種の白昼夢であり、よしんば研究結果が実を結ばなくても重大問題ではない。能率というのは、それが例え軍事的な能率であれ、最早必要ではないのだ。オセアニアで能率的なのは思想警察だけである。三超大国とも征服できぬ国家であるが故に、実際にはそれぞれ外部から切り離された小宇宙であり、その内部では殆ど如何なる思想の悪用も安全に実施できる訳だ。-/-かく外部世界や過去との接触から遮断されたオセアニアの市民は、惑星間で中吊りになった人間のようなもので、方向感覚の持ちようが無いのである。かかる国家の支配者は、古代エジプト王や皇帝達すら望み得なかった程の絶対的な専制者である。彼等は不便を{ルビ:託|かこ}つ迄に臣下の大量餓死が出ぬよう心掛けねばならないし、相手国と同じ低水準の軍事技術を保つように心掛けねばならぬ。然しいったん最小限の目的を達してしまえば、如何ようの形であれ自由自在に現実を歪曲できるのである。-/-我々の時代にあっては、彼等は実際に些かも戦いを交えていないのだ。戦争は各支配グループが自国内の民衆に対して行なっているのである。更にその戦争目的は領土の征服を行なうのでも、阻止するのでもなく、ただ社会構造の温存を計るために過ぎぬ。従って?戦争?という文字それ自体が誤解を招くことになる訳だ。恐らく戦争は継続化する事によって存在し得なくなったと言った方が正確であろう。-/-真の恒久平和は恒久戦争と同じだということに相成るだろう。この事は――党員の大多数が皮相な意味でしか理解していないが――実は党の掲げる「【戦争は平和である】」というスローガンの持つ隠された意味なのである。
312-313 長時間の尋問による強制的自白
-/-しかしその目的はただ一つ、彼に屈辱感を味わせ、反論に出る知的能力を破壊することであった。彼らにとって真の武器とは果てしなく続く、何時間にも及ぶ無慈悲な尋問であった、揚げ足を取ったり、落し穴を設けたり、彼の言うことはすべてねじ曲げる、いざ嘘や自己矛盾をさらけ出すと、すかさず責め立てるので、彼は余りの屈辱感と精神的な疲労からついに泣き出してしまうのであった。-/-彼はただいわれるがままに喋る口、そして自供書にサインする手でしかなくなった。彼の脳裏にあるものといえば、彼らが欲しがっている自供の内容を察知し、またまたいびられる前にいち早くそれを喋ってしまうということであった。-/-手当り次第に告白し、誰も彼も共犯者に仕立ててしまうとかえって気楽だった。それに、或る意味ではそうしたこともすべて真実であった。自分が党の敵であったことも真実だったし、党の立場からすれば、或る考えを抱く事とそれを実行に移す事との間には何ら区別がなかったのである。
なんとどこぞの宗教などでやっているマインド・コントロールとそっくりであることか。
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