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オトギバ 雪のはなし

<PART 1>

雪は、雲の中で生まれます。

気温の低い日に、雲の中の水滴がちりなどを核にして凍結し、小さな氷の粒になります。

氷晶と呼ばれるこの氷の粒が、雪の赤ちゃんです。


ユキちゃんが生まれたのは、山あいの小さな村でした。

村の中心にあるユキちゃんの家には、村の人たちがよく集まっていました。

ユキヒコさのお嬢さんかい。おいくつ ?

んーとねえ、さんさい。

賢そうな子だわなあ。ユキエさにとっては初孫だら。

おばあちゃんは嬉しそうに笑っていました。

ユキちゃん、おばあちゃんにおやすみなさいのごあいさつしにきたのね。

うん。

あのね、おばあちゃん。

おやすみなさい。

はい、よくできました。おやすみ。
 

<PART2>

雪の赤ちゃん、氷晶は美しい六角柱の形をしています。

六角柱の角の部分に、水蒸気が規則正しく凍りついてゆきます。

そうして氷晶は次第に大きく成長し、雪の結晶になるのです。
 


お正月になると、ユキちゃんのおうちには親戚の人たちがたくさん集まってきます。

ねえおばあちゃん、カルタ読んでー。

百人一首をする時、札を読むのはいつもおばあちゃんでした。

おばあちゃんは抑揚のつけ方が少し他の人とは違っていたのですが、ユキちゃんはその違いを、何だかかっこいいなあといつも思っていました。

これやこのー、行くも帰。

はい。

なーに、ユキちゃんはい取ったの。まだ下の句読んどらんのに、覚えとるとこや。偉いねえ、もう小学生だでねえ。

親戚のおばさんにそう言われたユキちゃんはちょっとがっかりしました。

当たり前だよ。蝉丸なんて基本中の基本だもん。もっとたくさん取れる札あるよ。

おばあちゃん、早く次の札読んでよう。
 

<PART3>

雪の結晶は、空気中の水蒸気を食べてどんどん大きくなります。

この時の温度や湿度の状況によって、針型、角板型、扇型、樹枝型など、いろいろな形に変化します。

一つとして同じ形のものはなく、それぞれが違った個性を持っているのです。


滑り止めでもせっかく県立短大受かったんだで、行ったらええがや。家から通えるし。

でも、私やっぱり四年制の大学に行きたいの。

高校の卒業を前に、ユキちゃんは家族と話し合っていました。

豆タンこたつに火をいれながら、お母さんが言います。

村の女の子で浪人しとる子なんておれせんが。みっともないに。

他の人のことはいいの。私は私でしょ。ねえ、おばあちゃんどう思う?

おばあちゃんは静かに答えました。

ユキの行きたいとこ行かしたったらええに。長い人生、一年くらいじきだで。

結局ユキちゃんは、一年間だけ隣町の予備校に通わせてもらえることになりました。

おばあちゃんが体調を崩して入退院を繰り返すようになったのはこの頃からでした。
 

<PART4>

大きく成長して重くなった雪は、いよいよ地上に向かってゆっくりと降り始めます。

海の上、街の中、山の奥。

どこに降り立つことになるのかは、まだ分かりません。


一年が過ぎ、都会の大学に合格したユキちゃんは、村を離れることになりました。

その前に、ユキちゃんは入院中のおばあちゃんに会いに行きました。

身体に気をつけてな、しっかり勉強しりぃよ。

うん、ありがとうおばあちゃん。

もっとも、ばあちゃんもユキが卒業するまで生きとるかどうか分からんけどなあ。

やだなあおばあちゃん、何言ってんの。

そんでも、じいちゃんもはぁるか前に亡くなって、去年は裏のユキオさや下川渡のミユキさも死んずら。そろそろばあちゃんの番だに。

寂しくなるようなこと言わないでよう。

物事には順序せうもんがあるでな。自分の番が来たら、ただ黙ぁーって死んでくもんだに。今まで、村のしょうはみぃーんなそうだったで。

ほら、来年のお正月には私も成人式だよ。おばあちゃんにもらった着物着るんだから。

ああそうだねえ。じゃあ、それまでは頑張ろうかねえ。

きっとだよ、おばあちゃん。
 

<PART5>

おばあちゃんが亡くなったのは、その年の暮れでした。

お葬式は、年が明けるのを待って村の高台にあるお寺で行われました。

午後になると、雪が降ってきました。

ふと一人になりたくなったユキちゃんは、親戚や隣組の人たちでいっぱいのお寺を離れ、裏の坂道を上っていきました。


ユキちゃんのほっぺたに、大粒の雪がゆっくりと落ちてきました。

その跡を辿るように、また次のひとひらが落ちてきます。

同じような速度で、同じような場所に、雪は次から次へと落ちてきます。

先に生まれた雪から先に。

後に生まれた雪がその後に。

物事には順序せうもんがあるでな。

ユキちゃんはおばあちゃんの言葉を思い出していました。


坂の上からは村を一目で見渡せます。

谷底の川に向かって続く緩い傾斜。

段々に連なる田んぼや家々の屋根。

ユキちゃんが子どもの頃に比べて、村の様子もずいぶんと変わりました。

国道のバイパスが開通し、仲良しだったユキミちゃんの家は立ち退きで遠くに引っ越していきました。

よくおつかいに行った酒屋さんは、おじいさんが歳をとって、跡継ぎもいないので店を閉めました。

ユキちゃんの通った小学校は廃校になり、木造の校舎は取り壊されてしまいました。

いつも当たり前にそこにあったたくさんのものが、いつの間にか姿を消していました。


雪の降る日はとても静かです。

村中の全ての音を吸い込んで降り続ける雪を、ユキちゃんは見つめていました。

雪は、何も言わずゆっくりと降りてゆきます。

自分の番が来たら、ただ黙ぁーって死んでくもんだに。今まで、村のしょうはみぃーんなそうだったで。

おばあちゃんは、どこの田舎にもいる普通のおばあちゃんでした。

村の人以外は誰もおばあちゃんのことを知りません。

けれど、おばあちゃんがいつもそこにいたことを、ユキちゃんは知っています。

ユキちゃんは、おばあちゃんが大好きでした。


明日は村の成人式です。

おばあちゃんに晴れ着姿を見てほしかったのにな、と思いながら、ユキちゃんは坂の上に一人で立っていました。

雪が、村を白く染めてゆきます。

おばあちゃんのいない初めてのお正月が、静かに過ぎてゆきます。

 
 


ユキちゃん、おばあちゃんにおやすみなさいのごあいさつしにきたのね。

うん。

あのね、おばあちゃん。

おやすみなさい。


おやすみなさい。

 
 

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