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おときん せんせい、あのね

「なつ休み」       千ば市立まくはり北小学校 二年三組  千ば まり男

八月十八日(月) てんき はれ

せんせい、あのね。
きょうは、おひるを、食べてから、かせんじきの、公えんにいったよ。
かせんじきの、公えんで、キャッチボールをしようと、けん君と言っていたのに、けん君が来なかったので、一人で、コンクリのかべに、ボールを、ぶっつけてあそびました。

そして、ボールが遠くにはね返ってしまったので、おっかけていったら、どっかのおじさんがボールをひろってくれたよ。
そして、おじさんが、「おじさんがコーチしてあげるというので、いっしょにキャッチボールをしました。
そして、つかれたから休けいしようとおじさんが言ったので、休けいしました。
おじさんが、ガリがり君のアイスを買ってきてくれました。
そして、それを食べていたら、おじさんが、いろんな話をしました。

「お兄ちゃんもねえ、え?おじさん?いやおじさんっていう程の歳じゃないんだけど…。
まあでも君から見ればおじさんか。確かにそうだね。ハハハ。
いやおじさんもね。小さい頃は君みたいに毎日ボールで遊んでいたんだよ。
おじさんの住んでいたのは田舎の小さな村でねえ。
軟球なんて持ってる子いないから、ゴムマリ持ってきて毎日三角ベースやってたんだ。
バットもないから手で打つんだ。手打ち野球なんて言ってね。
近所に、左官屋さんの住み込み職人さんで『タケさ』っていうおじさんがいてね。
あ、『〜さ』っていうのは『〜さん』って意味だよ。
子供が好きだったんだろうね。いつも審判をやってくれてた。
子供同士のことだから、すぐケンカしたり泣く奴が出てきたりするんだけど、ちゃんと仲裁なんかもしてくれてね。
それにしてもほんと毎日やってたなぁ。他にすることがなかったってのもあるけど、まあみんなで一つのボールで遊ぶってのが楽しかったんだよね」

おじさんに、「リトル入ってなかったの」と聞きました。
なぜかというと、ぼくは早くリトルに入ってし合をしたいです。

「リトルリーグ ? やってたよ。高学年になってからだけどね。
ちょうどその頃、都会の学校に転校したんだ。そこで地域のチームに入った。
ちゃんとした野球を初めてやったのはその時だったね。
ん ? ポジション ? 最初は外野だったけど、六年生の時はピッチャーやってたよ。
ハハハ。こう見えても結構名選手だったんだぞ。いわゆる『エースで四番』ってやつだ。
その都会の街ってのは名古屋なんだけど、よくナゴヤ球場に連れて行ってもらったもんだ。
そういえば、君はプロ野球はどこのファン ?
ここは千葉だし、やっぱり地元の千葉ロッテが好きなの ?」

ぼくは、きょ人がすきですと言いました。
そして、大リーグのきょねん臣人にいたまつ井とイチローもすきですと言いました。
そして、千ばロッテとかは、よくしらないですと言いました。

「ハハハハ。よく知らないか。テレビでも巨人や阪神、それに大リーグの話題ばかりだもんなあ。
あそうだ、イチローといえばね。おじさんは高校の頃イチローと対戦したことがあるんだよ。
いやいやウソじゃない。イチローもおじさんと同じで、名古屋市内の高校にいたんだ。
愛工大名電っていってね。強い学校だった。
でも、おじさんの行ってた高校も、愛知県内ではそこそこ強かったんだ。
おじさんはそこでエースだったんだぞ。ほんとほんと、ウソじゃない。
おじさんが三年生の時なんか、今年はメンバーがいいから甲子園に行けるかもしれないって言われてた。
その頃にはおじさんも、野球部のエースってことで学校ではちょっとした有名人だった。
下級生の女の子がサイン下さいなんて言ってきて」

イチローがちょっとも、出てこないので、帰ろうとしたら、おじさんが、まあまちなさいと言って、話をつずけました。

「県予選では順調に勝ち進んでいったんだ。
こりゃあホントに甲子園に行けるかも、って思ったね。
ところが、そこへ立ちはだかったのがイチローの愛工大名電。
ああ打たれたよ。見事に全打席打たれた。さっすがだよねえ。
負けた後、君だったらプロでも通用するんじゃないか、なんて彼に声かけてやったよ。
それが効いたのか、今じゃすっかりスーパースターになっちゃったもんね。
でも確かに高校の頃からちょっと雰囲気が違ってたよね、彼は。
大物になるオーラが出てたというか。
ま、彼との対戦は、おじさんの自慢の一つだね」

なんでそれがおじさんのじまんになるのか分からなかったけど、言うとおこられると、思ったのでゆわなかったです。
けん君が来ないから、へんなおじさんに、つかまってしまいました。
けん君に明日、もんくを言おうと思いました。
そしたら、おじさんが、きみはおとなになったらプロ野球のせん手になりたいのと言うので、
きょ人に、入りたいですと言いました。
きょ人に、入ったら三かん王とさい多だつ三しん王になって、にほんテレビのアナウンサーと結こんしますと言いました。
そしたら、アナウンサーだからえいごがしゃべれるから、いっしょにアメリカに行って、マリナーズに入りますと言いました。

「うん、君は全般的に運動能力も高そうだし、素質はあると思うよ。
何より、野球が好きっていうその姿勢がね。
……そうだなぁ。俺もそうだったよ。
ただ野球が好きで、投げたり打ったりするのが楽しくて仕方なかった。
そういう、何事に対しても純粋な時期があったんだよ。俺にもね……」

ガりがり君をぜんぶ食べてしまったので、けん君がこないから、帰ると言いました。
あと、もう五時なので、少しくらくなってきて、公えんにいたほかの子たちはみんなもう帰っちゃって、ぼくも帰らないとお母さんにおこられるから帰ります。

「お、そうかごめんごめん。
いやおじさん、最近ちょっと仕事でね、行きたくもない所に飛ばされて落ち込んでたんだ。
まだ新しい環境に溶け込めなくて、寂しくってね。それでつい話しこんじゃったんだ。
うん、成績も落ちて上の人に怒られちゃって。もう辞めようかななんて思ってたんだけど」

ちょっとかわいそうだと思ったので、まだ帰らないことにしました。
ぼくのお父さんも、千ばに引っこしてきてから、か長にいつもいじめられています。
よっぱらって帰ってくると、か長の悪口を言っています。
だからか長は、たぶん悪い人なのでぼくはきらいです。
前に一どうちにか長が来ました。これがか長なのと、お母さんにきいたら、か長さんといいなさいとゆわれました。
そして、か長はきらいなのでキックをしたら、お父さんにおこられました。

「でも、考えてみれば、せっかく好きな仕事に就けたんだからねえ。
辞めちゃうのもちょっともったいないよね。
うん、おじさんもうちょっと頑張ってみよう。
自分の好きなことなら、努力するのも楽しいもんだよ。楽しいはずなんだ。
何だか、久々にやる気が出てきたぞ。
忘れてたことを思い出したような気がする。新人の頃に戻ったような。
君のおかげだよ、ありがとう」

おじさんは今は野球をしてないのときいたら、いつもこの近くのグランドでやっているというので、ぼくのお父さんがやっている、早おき野球のチームと、たたかったらいいと思いました。
お父さんのチームは、まくはりレンジャーズといって、すごくつよいです。
でも、おじさんも応えんしてあげないと、なんかかわいそうなので、おじさんのし合も応えんにいってあげます。と言いました。

「応援に来てくれるかい ? 君みたいな子が応援してくれたら、おじさんも張り合いがあるよ。
よし、次のゲームでは頑張って三振狙っちゃおうかな。
いや、先発させてもらえるように、いやいやこの際中継ぎでも何でもいいから登板できればいいんだけど。
まとにかく、おじさんが活躍するところ、君にはぜひ見てほしいな。
これあげるから、よかったらお父さんといっしょに見においで。
あ、そうそう、夏休みの宿題もちゃんとやらなきゃダメだぞ。じゃあね !」

おじさんは、なんか紙をくれて、車にのってブブーとかえっていきました。
その紙をみたら、こう書いてありました。

<パ・リーグ公式戦 日本ハム VS 千葉ロッテ 19 回戦 内野指定席A入場券 於 千葉マリンスタジアム>




せんせい、あのね。
きょうはうれしかったことは、
夜お父さんがこんどの日よう日にマリンスタジアムにつれていってくれると言ったのが、とってもうれしかったよ。




…………少年がやがて千葉ロッテマリーンズに入団し、伝説の千葉ロッテ黄金時代を支え、球界を代表する名選手に成長することを、まだ誰も知らなかった。


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