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杉澤抄 2006.9 「夏の全国高校野球その後」 |
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「ミクシィ」というなんとかコミュニケーションなんとかネットワークなんとかサイト(よく分からない)があります。
このサイトに登録すると、誰でもブログ(日記風ウェブサイト)が作れます。そこでわたくしも、今年(2006 年)の 1 月から日記を書くことにしました。毎週月曜日を定休日にし、それ以外の日は(今のところ)毎日必ず何かしらの文章を書いています。
しかしこの日記は、ミクシィに登録している人しか読めません。せっかく書いたのにそれもあんまりなので、当「開明堂」に抄録を転載することにしました。
加筆訂正は面倒なのでほとんど行っていません。また、著しく出来の悪いものは載せていません。ミクシィでは、日記を読んでくれた人が自由にコメントを投稿できるのですが、そちらはわたくしの書いた文章ではないので割愛します。
2006.9.7 昭和 20 年の今日、沖縄で。17・降伏調印
2006 年 9 月分。
あいかわらずの小ネタ集です。
伊勢海老って食べたことありますか。おいしいよ。
伊勢海老。カタカナで書くとどうなるかな。普通はイセエビですよね。でも、イセーヴィって書いても発音は同じだよ。
イセーヴィ。
なんかJリーグぽいね。ヴィッセル神戸 vs イセーヴィ松阪。
地名のようにも見えます。ヨーロッパの古都イセーヴィ。ピカソが若い頃留学していたことで知られる芸術の街、イセーヴィ。イセーヴィオリンピック。ホントにありそうでしょう。
きっと世界史にも出てくるよ。イセーヴィ文明。イセーヴィ人の南下。イセーヴィ選帝侯。
イセーヴィ革命。イセーヴィ朝トルコ。ローマ教皇イセーヴィ 18 世(1598-1642)。
1187 年 イセーヴィの勅令
1554 年 イセーヴィ条約
1740 年 イセーヴィ継承戦争
イセーヴィ外相は記者団の質問に「訪日の時期についてはまだ明言できない」と答えた。国内では、来年 2 月に行われる上院議員選の結果次第では「イセーヴィ大統領」誕生もあり得るとの見方が有力で、今回のイセーヴィ発言が政局に与える影響は大きい。
そうなんですか。今後のイセーヴィ氏の動向に注目ですね。
昭和 20 (1945)年 9 月 7 日。
この日、沖縄本島中部の嘉手納において、南西諸島日本軍の降伏調印式が行われました。南西諸島というのは、沖縄県全域と奄美諸島(鹿児島県)のことです。
これに先立つ 9 月 2 日、東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリ号の上で、日本政府が降伏文書に調印しています。これをもって、太平洋戦争は正式に終了したことになります。
ところが、南西諸島の日本軍は全ての部隊が降伏したわけではありませんでした。沖縄守備軍の首脳が自殺した 6 月 23 日以降も、沖縄の日本軍はゲリラ戦を続けていました。それどころか、終戦の詔勅が出された 8 月 15 日以降も、まだ投降しない部隊がいたのです。
そこで米軍は降伏勧告メッセージを空からバラまき、この日にまとめて降伏させることにしました。
南西諸島の各地から、日本軍残存部隊の首脳が集まってきます。そのうち宮古島に駐留していた師団の団長が、南西諸島の日本軍を代表して降伏文書に署名しました。
これでようやく沖縄戦も終了です。と思うでしょう。でも実は、まだ投降しない部隊がいたのです。その話はまたこんど。
「おいしいスパゲティ屋さんを見つけたよ」
「さっそくみんなで食べに行こう」
「あっ、あそこだ。うわあ、混んでるなあ」
「すいませーん、私たち 6 人なんですけど、入れますか?」
「やっと座れた。さて、何を食べようかな」
「ぼくはペスカトーレにしよう」
「私はジェノベーゼ」
「うーん、じゃあぼくはカルボナーラを」
「私、ポリフェノール !」
「えーっと、キシリトールで」
「ボラギノールをください !」
「お待たせしました。こちらがスパゲティペスカトーレです」
「わあっ、おいしそうー」
「それからこちら、スパゲティジェノベーゼになります」
「この鮮やかな緑色が食欲をそそるんだよね」
「パクパクパク」
「君が食べてるのは、スパゲティカルボナーラだっけ?」
「クリーミーでおいしいよ。パクパク」
「モグモグモグ」
「あなたはスパゲティポリフェノールね」
「そう。フラボノイドの茹で加減が絶妙だよ。モグモグ」
「そのスパゲティキシリトール、一口ちょうだい」
「いいとも。こんなに甘いのに虫歯になりにくいんだ」
「あなたのもおいしそうね」
「おいしいよ。やっぱり痔にはスパゲティボラギノールだね !」
「ああ、おいしかった」
「もうお腹いっぱいだよ」
「また来ようね」
「ごちそうさまでした !」
プロ野球のペナントレースも大詰めを迎えました。パリーグでは今、三つのチームが激しく優勝を争っています。西武ライオンズ、福岡ソフトバンクホークス、日本ハムファイターズです。実力伯仲のパリーグ三強、どこが優勝してもおかしくありません。
現時点では西武が一位です。その西武を二位で追っているのが福岡。そして、福岡を猛追しているのが三位の日本です。
わたくしは日本人なのでもちろん日本を応援しています。もし日本が優勝したら、とってもうれしいです。日本人なら誰だってそうでしょう。
がんばれ日本 ! 負けるなハムファイターズ !
夏の全国高校野球で優勝した早稲田実業高校の斉藤投手が、卒業後の進学を表明しました。高校卒業後はいったん大学に進学し、その後改めてプロに挑戦するのだそうです。
この人は「ハンカチ王子」の愛称で大人気です。甲子園での試合中によく青いハンカチで汗をぬぐっていたんだけど、その姿が何となく「王子」っぽい雰囲気だったんだって。
ハンカチ王子の通う早稲田実業高校は早稲田大学の系列校なので、たぶん早稲田大学に進学するでしょう。そうなったら、早稲田の学生はみんな王子の「ご学友」ということになります。
早稲田を卒業したらプロに進みます。どこの球団に入団するかは分からないけど、そのチームの投手コーチはきっと「ハンカチ侍従」と呼ばれるよ。
プロでスター選手になったらご結婚するでしょう。相手はきっと女優さんとか女子アナウンサーとかのキレイな人で、「ハンカチ妃殿下」と呼ばれるんだろうね。
ご結婚と同時に、王子は球団の独身寮をお出ましになり、練馬に家をお買いになります。ハンカチ宮家の創設です。新居は最寄り駅の駅名にちなみ東武練馬御所と呼ばれます。
そのうちハンカチ妃殿下はお世継ぎをお産みあそばされます。ハンカチ内親王殿下です。ハンカチ王族の方々は慣習で全員お名前に「ハ」の字が付くことになっておりますので、畏れ多くもかしこくも悠ハ殿下とかそういうおん名前をおったてまつりあそばされまくり候ナリよ。
大人気のハンカチ殿下。謹んで今後のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。
夏の高校野球で優勝した早稲田実業高校の斉藤投手は、ハンカチ王子のニックネームで大人気です。
学校でもハンカチくんと呼ばれているのかな?先生はきっと呼び捨てだよ。「こら、ハンカチ ! 授業中に居眠りするな !」なんて怒られているかも。
後輩たちからは「ハンカチ先輩、おはようございます」と言われているんでしょう。「ハンカチさん、ちょっとそこのマガジン取って下さい」とか。
将来プロ入りしたら、「ハンカチ」という登録名で出場すると思うよ(プロ野球の登録名は本名でなくてもよいのです)。
「ファイターズ今日の先発投手はハンカチです。中 6 日と休養充分のハンカチ、第 1 球を投げましたストラーイク」と実況されます。「ハンカチ第 2 球。おっとこれはわずかに外れてボール。おやおや、この判定にハンカチ納得いかないようです。キャッチャーのチリガミがなだめています」
スタンドからはファンの声援が聞こえてきます。「いいぞハンカチー ! がんばれー !」「キャー、ハンカチさーん、ステキー ! 結婚してー」プロでも大人気のハンカチ選手。
引退後は監督に就任するよ。「一塁きわどいところだが…審判の判定はセーフ ! おーっとハンカチ監督ベンチを飛び出してきました。顔を真っ赤にして猛抗議 !」けっこう熱血漢なのですね。
「激高したハンカチ監督、一塁ベース二塁ベース三塁ベース全てを引っこ抜いてベンチに持ち帰り、ベースを三つ抱えたまま審判に向かってあかんべえをしています。あ主審が今、ハンカチ監督に退場を命じました。ハンカチ退場 ! ハンカチ、今シーズン 30 回目の退場です !」
いつかこんな試合が見てみたいですね。がんばれハンカチ !
深夜です。原付に乗って帰る途中、信号待ちをしているとふいに後ろから、女のひとの歌う声が聞こえてきました。
振り返って見ると、同じくバイクで信号待ちをしている女の子が、一人で歌っています。
わたくしもよく歌を歌いながらバイクに乗っていますが、信号待ちの時は歌うのをやめます。あほかと思われたらやだからです。
でもその人は歌うのをやめません。乗っているのはくすんだ緑色の、ホンダスーパーカブでした。
スーパーカブは、わたくしの亡くなった祖父が乗っていたバイクです。質実ゴーケンな昔の人で、バイクが壊れても買い換えるということは絶対にせず、そのつど修理して乗っていました。もういい歳なんだし頼むからいいかげんバイクはやめて下さい、と親戚中から言われていました。なお、祖父はバイクマニアでもなんでもなく、ただ測量の仕事に行くのにベンリだから乗ってただけです。免許は 60 歳を過ぎてから取りました。
わたくしの中でスーパーカブというのは、そういうバイクです。
すぐに信号が青になり、わたくしは左折、その女のひとは直進していきました。
くすんだ緑色のスーパーカブが視界から消え、わたくしはふうん、と思いました。なんだろう。なんかカッコいいな。そして、自分もガッチャマンの歌を大声で歌いながら、真夜中の千川通りを家に向かってニコニコ走っていったのでした。
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