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杉澤抄 2006.3 「WBC (ワールドベースボールクラシック)」 |
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「ミクシィ」というなんとかコミュニケーションなんとかネットワークなんとかサイト(よく分からない)があります。
このサイトに登録すると、誰でもブログ(日記風ウェブサイト)が作れます。そこでわたくしも、今年(2006 年)の 1 月から日記を書くことにしました。毎週月曜日を定休日にし、それ以外の日は(今のところ)毎日必ず何かしらの文章を書いています。
しかしこの日記は、ミクシィに登録している人しか読めません。せっかく書いたのにそれもあんまりなので、当「開明堂」に抄録を転載することにしました。
加筆訂正は面倒なのでほとんど行っていません。また、著しく出来の悪いものは載せていません。ミクシィでは、日記を読んでくれた人が自由にコメントを投稿できるのですが、そちらはわたくしの書いた文章ではないので割愛します。
2006.3.7 WBC (ワールドベースボールクラシック)
2006.3.22 「としまきタマゴとねりまきタマゴ」への追記
2006.3.25 ショック ! ヒラリ君は石川県民だった !
なお、一部に2月分の日記も含まれています。
ほとんど言葉遊びネタです。なんつうか、暴走気味ですね。
今日は仕事が長引いてしまい、帰りが遅くなってしまいました。
途中寄ったコンビニで、レジの脇にあったスポーツ新聞のラックにふと目をやったところ、スポニチ(トーチュウだったかも)の一面に「スタンゲッツ」という文字が見えました。
スタンゲッツというのは昔のジャズのサックス奏者です。とても有名な人ですが、スポーツ新聞の一面には普通載りません。
びっくりして、もう一度よく見てみたら、「スタメンゲット !」が正解でした。
おそらく、沖縄で行われているプロ野球キャンプの記事で、だれそれ選手が調子いいので開幕戦のスターティングメンバー入りも確実だとかいう話なんでしょう。
でも、もしかするとスタメンというのは、スタミナたっぷりのラーメンという意味なのかもしれないよ。
「スタミナラーメン・ゲット !」(沖縄県中頭郡北谷町北前 2-58-1)でおいしいラーメンを食べ、明日も練習がんばるぞという記事かも。
わたくしは 97 年から 98 年にかけて沖縄に住んでいましたが、そういうラーメン屋は聞いたことありません。最近できたお店なのかな ?
ただ、北谷町北前という場所は確かにあります。わたくしが地元クラブ情報誌でライターのバイトをしていた時、編集部が北前にあったので何回か行きました。雑誌は一年持たずに潰れてしまい、原稿料は最初の数ヶ月分しかもらえませんでした。
てゆうか、そんなことはどうでもいいのです。
キャンプを沖縄でやる球団が増えたのでこの時期は沖縄の地名がよく報道されます。なんだか懐かしいですね。
まとまってないですが、今日は疲れているのでこんなところでひとつ。
五、七、五の後に、「それにつけても金の欲しさよ」とくっつけるという言葉遊びがありますよね。
古池や蛙飛こむ水のをと
それにつけても金の欲しさよ
五月雨の降のこしてや光堂
それにつけても金の欲しさよ
などなど。
格調高い句が、急に卑俗なものになってしまいます。
では、「死して屍、拾う者なし」をくっつけるとどうなるでしょうか。時代劇「大江戸捜査網」のお決まりナレーション、「隠密同心・心得の条」の締めゼリフです。
まずは松尾芭蕉で。
古池や蛙飛こむ水のをと
死して屍拾う者なし
(何だか違う意味になってしまいました)
夏草や兵どもが夢の跡
死して屍拾う者なし
(これは意味が通りますね)
此道や行人なしに秋の暮れ
死して屍拾う者なし
(分かるような分かんないような)
次は小林一茶。
雀の子そこのけそこのけ御馬が通る
死して屍ひろうものなし
(ちょっとユーモラスです)
這へ笑へ二つになるぞけさからは
死してしかばね拾う者なし
(よけいなお世話だ)
自由律俳句でやってみよう。
咳をしても一人
死して屍拾う者なし
(寂しすぎ。尾崎放哉)
どうしようもないわたしが歩いてゐる
死してしかばね拾うものなし
(ホントどうしようもない。種田山頭火)
このフレーズは、もともと文語体で書かれた文章の一部です。だからなのか、どちらかというと文語との相性がいいみたいですね。
日本古来の文化、和風を感じさせるもの、などと混ぜてみるとハマるようです。
わたくしの出身地・長野県木曽谷の民謡「木曽節」でやってみましょう。
一、木曽のナー、仲乗りさん。
木曽の御岳、ナンチャラホイ。
夏でも寒い、ヨイヨイヨイ。
二、死してナー、仲乗りさん。
死してしかばね、ナンチャラホイ。
拾うものなし、ヨイヨイヨイ。
悲しい唄になってしまいました。やだよこんな盆踊り。
日頃、全くと言っていいほどテレビを見ないのですが、帰省した時などには見ます(居間にテレビが置いてあっていつもついているので)。
すると、昔テレビを見ていた頃には気にならなかったことが気になってしまいます。
去年帰省した時は、殺人事件のニュースを見ました。
そしたら、普通に事実の報道をしたあと、犯人像の分析とか事件現場の検証とかが始まりました。で、その部分なんか過剰に演出してたのです。
緊迫感のある音楽を流したり、主観の入りまくったイメージ映像を挿入したり、火サスみたいでした。
火サスは「フィクション」だからいいですけど、「現実」をそんな演出してどうすんだと、本当に気持ち悪くなってきました。
(そういうニュース番組のキャスターが、例えばアニメオタクなんかつかまえて「虚構と現実の区別がついてない最近の若者」とかどのツラ下げて言うとんでしょう)
結局、娯楽番組としての作り方をしてるんだなぁ。
マスコミがあらゆる事件を娯楽として扱うのは、当事者以外の人々にとっては全ての事件が娯楽であるからですよ。
というのは確かに一つの真実であると思います。
突き詰めればそういうことになりますし、マスコミはそうした大衆の欲望に忠実に答えているだけ、とも言えます。
しかし、その傾向を煽ってきた責任くらいはマスコミにもあるはずです。
一方、わたくし達も、一つの事実をどう解釈するか、そこからどのような物語を読み取るか、という判断力を養うことを忘れてはならないと思います。
うーん難しくなってきたからこれでオシマイ。
ただ、最後に一つだけ。
新聞やネットなどの文字情報だけに頼っていると困ることもありますよ。
例えば、人の名前の読み方。わたくしは昨日、オリンピックの村主選手のことを、むらぬしせんしゅ、と言って恥かいちゃいました。
2/24 に「スポニチにスタンゲッツ !」という日記を書きました。
スポニチの一面に書いてあった「スタメンゲット」という見出しが「スタンゲッツ(サックス奏者)」に見えた、というだけの話ですが、その後確認したら、どうもスポニチではなくデイリーだったようです。
デイリーというのは大阪で発行されているスポーツ新聞で、いっつも阪神タイガースの話題を一面に持ってきます。
球界で何が起こっていようと全くお構いなしで、連日「赤星、左足首ねんざ」「藤川、5 連打浴びる」「スペンサー、また三振」「下柳、牽制球投げる」「今岡、屁をこく」「片岡、延滞料金かさむ」「井川髪切れ」「鳥谷昼めしおごれ」「濱中そのギョーザ一個よこせ」など阪神の記事ばっかり。
実はあまり読んだことないので実際はどうか知りませんが、そういう新聞なんだそうです。
というわけで、スポニチにはご迷惑をおかけしました。訂正しておわび申し上げます。
今、WBC (ワールドベースボールクラシック)という大会が行われています。
これは、サッカーでいうワールドカップのようなもので、世界一野球の強い国を決める大会です。
しかし、マスコミはなぜか WBC しか取り上げません。個人的には WBJ や WBF の方が見たいのですが、こちらは全く報道されていないのです。
確かに、一番歴史があるのは WBC なのかも知れません。でも、世の中ワールドベースボールクラシックのファンばかりではないのです。ジャズやファンクの方が好きなわたくしはどうすればよいのですか。WBJ、WBF もちゃんと報道してほしいです。
また、WBH (ワールドベースボールヘビメタ)、WBT (ワールドベースボールトランス)、WBE (ワールドベースボール演歌)、WBO (ワールドベースボール沖縄民謡)も放送してほしいと思っている人もいると思います。
いつもマスコミ批判を繰り返しているわたくしですが、何も好きでやっているわけではないのです。マスコミが WBC 以外の大会を無視しているからいけないのです。おかげで現在のわたくしは、WBJ や WBF なんて大会が本当に開催されているのかどうかすらよく分からないありさまです。困ったものですね。
こないだ、「図説・駅の歴史 東京のターミナル」(交通博物館・編 河出書房新社)という本を買って眺めていたところ、大正末期の東京の鉄道路線鳥瞰図というのが載っていました。
ぱっと見てすぐ分かるのは、現在よりも路線や駅の数がとても少ないことです。
池袋から出ている東武東上線(この頃は東上鉄道といったのかな ?)を見ると、池袋のあと、下板橋・上板橋・成増・膝折・志木、の 5 つしか駅がありません。
現在、この区間には 12 か 13 くらい駅があるのですが、当時は人口も少なかったのでしょうね。
さて、このうち「膝折」駅というのは今はありません。というか、名前が変わって「朝霞」駅になっています。
朝霞駅は、現在の埼玉県朝霞市にあります。朝霞市は、昔は膝折村という名前だったそうなので駅名もそれに合わせたのでしょう。
ところで、この朝霞市というのはわたくしが学生の頃住んでいた町です。そこで今日は朝霞市や周辺の市(和光市・新座市・志木市など)についていろいろとネットで調べてみました。
どの町にも歴史があり、そういうことを調べるのは楽しいものなのです。
朝霞市のお隣り、新座市について調べていたら、新座市の学校一覧というのが出てきました。
その中に、新座市立第三中学校というのがあり、校名の横に「ユバスキュラ市立ボイヨンマ中学校と友好姉妹校提携」と書いてありました。
ボイヨンマ。
はははは。
おもしろいね。
ボイヨンマ。
特にツカミのボイ、がおもしろいです。
しかもその後にヨン、を持ってきているよ。
それでいて最後をマ、で締めちゃうところが、センスいいですよね。
さっそく第三中学校のサイトに行ってみたところ、ボイヨンマ中学校はフィンランドにある学校なのだそうです。
でもたぶん、わたくし達日本人とフィンランドとの心理的距離がもっと近ければ、あまりおもしろいとは思わなかったでしょうね。アメリカのたいていの都市名は、聞いておもしろいと思うことがほとんどないように。
子どもの頃、世界地図を見て「ブータン」の首都が「チンプー」であることを知った時、なんだかとても幸せな気分になったことを思い出しました。
以下は、WBC (ワールドベースボールクラシック)に関する記事です。
(記事)
コミ事務局にも抗議 WBC 判定変更に
2006 年 3 月 13 日(月) 18 時 22 分 共同通信
米国時間 12 日に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC) 2 次リーグの米国−日本戦での審判員の不可解な判定変更に関して 13 日、東京・内幸町のプロ野球コミッショナー事務局にはファンからの抗議の電話があった。
職員によると「何で試合を再開したんだ」「納得がいかない」などの不満の声が寄せられ、セ・リーグ連盟事務所にも抗議電話があったという。
審判員のマニュアルでは満塁の場合は球審が三塁走者のタッチアップを確認する。ただ二塁塁審がセーフの判定を下した後の他の審判員による判定変更は、野球規則 9・02(c) に抵触する可能性がある。コミッショナー事務局の丸山・野球規則委員は「二塁塁審から相談を求められたのかが問題。そうでないのなら越権になる」と話した。
今日は、この記事に、手元の「世界史用語集(山川出版社)」からピックアップした単語を混ぜてみましょう(なるべくおもしろくなりそうで、インパクトのある語を選びました)
(語群)
小ピット、チャンドラグプタ 2 世(超日王)、冒頓単于、鳩摩羅什(クマラジーヴァ)、全斗煥、田中角栄、「エジプトはナイルのたまもの」、「都市の空気は自由にする」、キリル文字、集住(シノイキスモス)、フランク王国、ウマイヤ朝、セレウコス朝シリア、オイラート部、オーストリア-ハンガリー二重帝国、パレスティナ解放機構(PLO)、石井-ランシング協定、ネルチンスク条約、ホルテンシウス法、第 2 回三頭政治、アウステルリッツ三帝会戦、スエズ戦争
(結果)
ウマイヤ朝事務局にも抗議 WBC 判定変更に
2006 年 3 月 13 日(月) 18 時 22 分 共同通信
米国時間 12 日に行われたワールド・ベースボール・クラシック(スエズ戦争) 2 次リーグの米国−セレウコス朝シリア戦での審判員の不可解な判定変更に関して 13 日、フランク王国・内幸町のプロ野球パレスティナ解放機構(PLO)事務局には田中角栄からの抗議の電話があった。
職員によると「何で試合を再開したんだ」「エジプトはナイルのたまもの」などの不満の声が寄せられ、オイラート部連盟事務所にも抗議電話があったという。
ネルチンスク条約のマニュアルでは満塁の場合は全斗煥が冒頓単于のタッチアップを確認する。ただチャンドラグプタ 2 世(超日王)がセーフの判定を下した後の他の審判員による判定変更は、ホルテンシウス法 9・02(キリル文字) に抵触する可能性がある。オーストリア-ハンガリー二重帝国事務局の鳩摩羅什(クマラジーヴァ)・野球規則委員は「全斗煥から相談を求められたのかが問題。そうでないのなら都市の空気は自由にする」と話した。
原文もある程度残さないと意味がないので、あんまりたくさんいじるわけにもいきません。その結果、小ピット、集住(シノイキスモス)、石井-ランシング協定、第 2 回三頭政治、アウステルリッツ三帝会戦、が入りませんでした。
どの語もそれぞれ単独では魅力的なのですが、文脈の中でそのおもしろさを生かせなければ使うだけムダということになってしまいます。
良い食材を揃えたからといっておいしい料理が出来るとは限らないのと同じですね。
今日はウルトラファイトの話です。知らない人が読むとまたいつものウソ話と思うかもしれませんが、本当の話だよ。
ウルトラファイトというのは、昭和 45 年から 47 年にかけて放映されたテレビ番組です。
どういう番組かというと、ウルトラマンシリーズの初期作品「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の中の、怪獣とヒーローとの戦闘シーンだけを抜き出して再編集し、そこにプロレス風の実況ナレーションをつけたものだそうです(だそうです。というのはわたくしも見たことがないから)。月曜から金曜の夕方、一回 5 分の帯番組だったようです。
最初のうちは、過去に放映された作品のフィルムを使っていたのですが、やがてそれだけでは足りなくなってしまいました。そこで、ソーコに眠っていた怪獣やウルトラセブンの古い着ぐるみを引っぱり出してきて(ひどく劣化していたようです)、新たに撮影をすることにしました。
この新撮影分がとにかくいい加減。いかにもやっつけ仕事って感じだったみたいです。
ウルトラファイトのウリは、当然ヒーローと怪獣との格闘戦。でも放映時間は五分間しかないので、番組が始まったらとにかくすぐにケンカしないと間に合わない。ですから、ストーリーもあってないようなもの。
例えば、トレーニング中のエレキング(怪獣の名前)をセブンがバカにしてからかったために戦闘が始まり、そこへ通りかかったキーラ(怪獣の名前)が日頃の恨みを晴らそうとエレキングと一緒になってセブンを袋叩きにする話。とか。
前述したように、わたくしはこの番組を見たことないのですが、サブタイトル一覧表というのを見つけました。それを見ているだけでも、たいへんテキトーに作られた番組だということがよく分かります。ちょっと紹介してみましょう。
第 1 話「さすが ! バルタン忍法」
第 4 話「海の顔役ラゴン」
番組開始当初はまだいいんです。一応考えた跡が伺えます。視聴者が子どもだということもちゃんと意識しています。
第 11 話「死ね ! ドドンゴ」
第 16 話「ブルトンが不気味だ」
二週目にして早くも様子がおかしくなってきました。
第 34 話「もう駄目だザンボラー」
第 41 話「キーラの眼が問題だ !」
第 43 話「謎はヴィラ星人の影だ」
なになに「だ」、という成績の悪い小学生が5秒で考えたようなタイトルが増えてきます。
第 69 話「ゴーロンかみつき戦法」
第 82 話「宿命のライバル !」
第 95 話「ゴドラよお前もか !」
第 102 話「セブンよ死ね !」
サブタイトルのネタもいよいよ切れてきたことが伝わってきます。そして、それを勢いでごまかすため「!」マークが増えてきます。苦しそうです。
ところが、100 話を越えてしばらくすると、ちょっと雰囲気が変わってきます。
第 110 話「勝負は死ななきゃ分からない」
第 114 話「くんずほぐれつ」
第 123 話「みな殺しの子守唄」
第 127 話「怪獣はつらいよ」
第 131 話「怪獣ゲバゲバ地帯」
なんか、ネタ切れの末の開き直りのようなものが感じられませんか。実は、ここからがウルトラファイトの本領発揮なのです。
第 139 話「消えて貰います」
第 143 話「決闘ハレンチ星団」
どんな星団だ。
第 145 話「セブン流マキシ斬り」
第 150 話「皆殺しの舞踏会」
さっきは「みな殺し」とひらがなだったのに、今度は漢字。この不統一ぶりがいいですよね。
第 155 話「やらずのウー」
第 170 話「来たり、見たり、勝てり !」
なんかやけくそ。
第 173 話「海は青かった」
知ってます。
第 174 話「くたびれ損の骨もうけ」
間違ってます。と思ったら、本当に骨を掘り出す話でした。
第 182 話「悪党仁義」
第 183 話「怪獣残酷物語」
第 184 話「怪獣手習鑑」
これが連番で続いてるんです。
第 186 話「怪獣わんぱく戦争」
第 188 話「怪獣餓鬼道」
第 194 話「やくざ番付」
なに番組だ。
最終回は、
第 196 話「怪獣死体置場」
着ぐるみが眠る円谷プロの倉庫が舞台。
というわけで、こういう言語感覚ってステキだなあと、それからツッコミの練習も兼ねて、今日はこんな話でした。
どん、どんどん。どーんき。
ドンキ、ホーテー。
これはディスカウントショップチェーン「ドンキホーテ」の歌です。ドンキホーテの店舗に行くと、この曲が店内にずーっと流れています。
大手デンキ屋のビックカメラに行けば、ビーックビックビックビックカメラの歌が流れています。ジャスコではジャスコで会いましょうの歌が、ライフではハッピーライフ、マイマイハピーライフの歌が、それぞれ流れています。
でも、鉄道の駅では流れてないですよね、こういうの。遠慮してるのかな ?
駅でもじゃんじゃん流せばいいと思うんですけど。
朝、眠い眼をこすりながら自動改札を抜ける。
聞こえてくるのは、いつもの聞き慣れたあの歌。
とん、とんとん。とーうぶ。
東武、てつどうー。
ホームでいつもの列車を待つ。
聞こえてくるのは、いつもの聞き慣れたあの歌。
とん、とんとん。とーうぶ。
東武、てつどうー。
「間もなく、1、番線に、急行、池袋、行きのデンシャが、10、両編成でやってくるよ ! 白線の内側まで下がって、楽しみに待っててね ! (声の出演・千秋)」
満員の車内で、少しムリしてスポーツ新聞を広げる。
聞こえてくるのは、いつもの聞き慣れたあの歌。
とん、とんとん。とーうぶ。
東武、てつどうー。
「より便利に、より快適に。3 月 18 日、伊勢崎線・日光線ダイヤ改正 ! 東上線ご利用のお客さまも、ぜひ一度お試し下さい ! (声の出演・椎名へきる)」
池袋駅に到着し、山手線に乗り換えるために東武線の改札口へ。
聞こえてくるのは、いつもの聞き慣れたあの歌。
とん、とんとん。とーうぶ。
東武、てつどうー。
「東武鉄道がご提供する会員制総合情報サービス、102@Club ! 会員登録は無料。今なら、北越谷商店会の加盟 37 店舗でお使い頂けるおトクなクーポンプレゼント ! 今日も一日、お仕事がんばって ! 行ってらっしゃーい ! (声の出演・大山のぶ代)」
とん、とんとん。とーうぶ。
東武、てつどうー。
仕事中も、耳から離れない。
不愉快だ。早く別の沿線に引っ越そう。
とん、とんとん。
とん、とんとん。
(文中、ダイヤ改正やクーポンについての情報は、全て本当です)
わたくしは、東京都練馬区に住んでいます。
ねりまく。
ってひらがなで書くと、動詞っぽいね。
そういえば、動詞の活用一覧表ってあったなあ。受験生の頃よく見たものです。懐かしくなって今ちょっと引っ張り出して見てみたところ、練馬区は五段活用でした。
未然形・か (こ)「ねりまかない」「ねりまこう」
連用形・き (い)「ねりまきます」「ねりまいて」
終止形・く「ねりまく。」
連体形・く「ねりまくとき」
仮定形・け「ねりまけば」
命令形・け「ねりまけ !」
これは口語(現代語)の場合です。
文語体だと四段活用になります。
未然形・か「ねりまかず」「ねりまかむ」
連用形・き「ねりまきたり」「ねりまき」
終止形・く「ねりまく。」
連体形・く「ねりまくとき」
已然形・け「ねりまけども」
命令形・け「ねりまけ !」
このうち、連体形を間違える人が多いようです(つい「ねりまくるとき」とやってしまう、アレね)。また、已然形を「ねりまけれども」と間違える人もいます。いずれも、上二段活用(き、き、く、くる、くれ、きよ)や、カ行変格活用(こ、き、く、くる、くれ、こ、こよ)と混同してしまっているのですね(カ変は「来る」の一語だけですよ !)。石川啄木の「ねりまけど、ねりまけど、わが暮らしラクにならざり。じっと手を見る」を覚えておけば間違えないよ。
じゃあ今日はここまで。しっかり復習しておきましょう。
一昨日の日記では、動詞としての練馬区の活用形について学びました。
ところで、練馬区の北に隣接する板橋区は形容詞ですよね。
文語形容詞としての活用形は「シク活用」です。
未然形・しく/しから「いたばしくない」「いたばしからず」
連用形・しく/しかり「いたばしくなる」「いたばしかりけり」
終止形・し「いたばし。」
連体形・しき/しかる「いたばしき時」「いたばしかるべし」
已然形・しけれ「いたばしけれど」
命令形・しかれ「いたばしかれ」
最近、高校生などがよく、
「現国のほにゃほにゃ(先生の名前)いんじゃん。アイツって何かいたばしくね ?」
などと会話してますが、これはおいしいラーメンを食べて「このラーメン、ヤバイよ」と感嘆するのと同じで、やや反語的な意味で使っているのですね。
また、
「つか、マジでいたべーってアイツ」
などと言ってるのを聞くこともありますが、これは活用のルールをあえて崩すことのおもしろさを狙っているのでしょう。「気持ち悪い」を「キモイ」「キメー」と言うのと同じ。
なお、他に東京 23 区で形容詞に分類されるものとしては葛飾区などがあります。
松崎しげるの「愛のメモリー」で有名ですね。
「いたばしい人生よ。かつしかき喜びよ。この胸のしぶやきを、あなたにーい」
口語(いたばしい)と文語(かつしかき)が混じってますが、そのあたりのいい加減さがヒット曲の条件なのかもしれませんね。
ちなみに詞の中の「しぶやき」は、動詞「渋谷区」を名詞化したものです(栃木弁の芸人は「つぶやき」シロー。間違えないで !)。
わたくしも、いたばしい人生を送りたいものです。
何日か前に書いた「動詞としての練馬区」という日記の続き、今日は豊島区(動詞)の話です。
としまきタマゴとねりまきタマゴの違いについて正しく説明できる人というのが、最近はめっきり減ってきたように感じます。中には、だしまきタマゴと間違えている人までいるようですが、これも時代の流れなのでしょうか。
ご存知のように、としまきに比べ、ねりまきの方は家庭でも簡単に作れます。暖かい昼下がり(午前中はムリですよ)、のんびりとタマゴをねりまくのは楽しいものなのですが、最近ではスーパーやコンビニで買ってきて済ませてしまう人も多いのでしょう。春を告げる風物詩がこれでは何とも味気ないですね。
それでも、ねりまきはまだいいんです。としまきの方なんか、見かけること自体少なくなってきました。
わたくしが子どもの頃は、夕方になるととしまき屋のおばちゃんが三輪自転車に乗って村を売り歩いていました。「とーしーまきーましょーかねえー、ど−かねーとーしまきーい」という間延びした独特の呼び声が聞こえると、幼いわたくしは母親から渡されたタマゴ 1 パックを手に「おーばちゃん、としまいてー」と三輪自転車に駆け寄ったものです。
タマゴをキレイにとしまくのは結構難しいもので、その辺のシロウト主婦の手には負えません(アサリやゼンマイの方がまだ簡単)。おばちゃんは慣れた手つきで、1 パック分のタマゴを美しくとしまいていきます。
白いタマゴを一つひとつとしまきながら、おばちゃんはいつもの数え唄を歌ってくれます。「一つ、としまいてーも、おおつかない。二つ、としまいたーら、いけぶくろう。三つ、としまいてーも、にしすがもう」
徳音寺の晩鐘がゴーン、と鳴ります。わたくしは、夕焼けに染まる空の下、数え唄と共にとしまかれてゆくタマゴを、いつまでも飽かず眺めていました。
もっとも、こういう思い出を持っているのは、わたくしのように田舎で育った人だけなのかもしれません。都市部のとしまき屋は、かなり早い時期にその姿を消してしまったと聞いています。ですから東京生まれの人は、かなり年配の方でも、としまきタマゴのことを何かそういう料理なのだと勘違いしていたりするようです。
お正月に揚げる凧を作る時や、お風呂の湯垢を落としたりする時に、としまきタマゴは欠かせません。また、自転車のブレーキの利きを良くしたい時、録画したい番組を予約する時、もちろん、アプリケーションを削除する時にも使えます。
しかし、としまきタマゴの需要は激減しているのが実状です。
わたくし達日本人が、いつの間にかどこかに置き忘れてしまった何か。失われた昭和、といってもいいのかも知れません。
厳しい現実社会の中で自分がとしまかれつつあると感じる時、わたくしはふと、としまきタマゴの数え唄を思い出します。
おばちゃん、今ごろどうしているかなぁ。
昔、キン肉マンというアニメで、毎回のように繰り返されるネタがありました。
強敵との戦いを前にした主人公が「屁のつっぱりはいらんですよ !」とキメ台詞を言うと、周りの人が「言葉の意味はよく分からんが、とにかくすごい自信だ !」と返す、というやつ。
今回は、「言葉の意味はよく分からんが、とにかく何らかの郷愁のようなものを感じさせる」みたいなものに挑戦してみたのでした。
郷愁を惹起させるコト・モノは、人によって違います。それを仮にaという記号で表すとします。
で、読む人には、そのaの中に、各自の懐かしいモノを代入してもらって、郷愁を感じて頂こうかと思ったのです。
ただし、「a」ではあまりにも無味乾燥なので、代わりに「としまきタマゴ」にしました。
とはいえ、その意味ではやっぱりあまり上手くいってないかもなぁ。難しいものですね。
卒業生諸君、今日は本当におめでとう。
さて、諸君はこれから社会に出て、毎日はらじゅくことになるわけである。
社会に出れば、時によよぎ、また時にしんじゅくこともあるだろう。
その時大切なのは、いつでもしんおおくぼうという気持ちである。諸君がもしたかだのばば、いつ何処でめじろうとも、あるいはいけぶくろうとも、いずれにせよ、おおつかないことは確かである。
だが、ここであえて、私は諸君に言いたい。すがもうとする前に、まずこまごめよ、と。そして、諸君がたばたら、まずにしにっぽり、前を向こう。ただし、にっぽりつつも、うぐいすだにしてはならない。うえのうとするなら、おかちまちながらでなくてはならない。それが社会というものである。
中国の故事に曰く、ある者があきはばらんとして、かんだ。身の程もわきまえずに、とうきょうとしたからである。
先日の WBC (ワールドベースボールクラシック)を見て私が思ったのは、全力でゆうらくちょうとする者は、常にしんばしい、ということである。一方で、はままつちょうとする者は、たまちながらも、最終的にはしながわない。決勝戦では結局、おおさき者が、ごたんだではないか。
卒業生諸君、諸君の明るい未来に向かって、大いにめぐろう。たとえ行く手がえびすとも、しぶやかに。
以上の言葉を、諸君に贈りたいと思う。
同じようなネタばかり続けていると飽きられちゃうぞ、とか思いつつも、わたくし自身はまだ飽きてないので調子に乗って。
以下、欽定訳を底本とする。
<北の信徒への福音前書より>
はこだてよ、さればむろらん。
弱き者よ、謂はれなく虐げられし魂よ。
行く手にのぼりべつとも、決してとまこまい。
(函館市・室蘭市・登別市・苫小牧市写本による)
<北の信徒への福音後書より>
真に汝らに言う、だてず、ちとせよ。
されば、えにわき者も、きたひろしまき生を得べけむ。
(伊達市・千歳市・恵庭市・北広島市写本による)
<北の信徒への牧会書簡より>
汝ら、さっぽろき彼(か)の地におたる時、
また、いしかりて死の二人をえべつ時、
汝、既にしてゆうばりぬ。
(札幌市・小樽市・石狩市・江別市・夕張市写本による)
<北の信徒への公同書簡より>
主、いわみざわんとて、みかさくも、びばいたり。うたしないたり。
主、あかびらんとて、あしべつるこそ、すながわしけれ。たきがわしけれ。ふかがわしけれ。あさひかわしけれ。
ふらのみならず、るもいたるこそあはれなる、おびひろき者よ。くしろき者よ。ねむろき者よ。
(岩見沢市・三笠市・美唄市・歌志内市・赤平市・芦別市・砂川市・滝川市・深川市・旭川市・富良野市・留萌市・帯広市・釧路市・根室市写本による)
<北の信徒への黙示録より>
清き人のきたみては、使徒、あばしり了(おは)んぬ。
使徒のもんべつれば、清き人、しべつ。
ただ、とわに祈るべし、なよろき人の世のために。
(北見市・網走市・紋別市・士別市・名寄市写本による)
<北の使徒言行録より>
「ってゆうか、全然わっかないんですけど ?」
タイトルを見て、おっ、と思わない人にとってはどうでもいい話です。
長野県にあるわたくしの実家では、信濃毎日新聞という地方紙を購読しています。略して信毎。
新聞には四コマまんがが付きものですが、わたくしが子どもの頃の信毎には、「ヒラリ君」というまんがが掲載されていました。作者は井田良彦という人。ヒラのサラリーマン・ヒラリ君と、家族や同僚の繰り広げる楽しい日常生活が描かれていました。
長野県の新聞に載っているのですから、当然作者は長野県在住で、主人公のヒラリ君も長野県の人だと思っていました。
ところが、そうではなかったのです。
学生の時(もう実家を出て一人暮らしをしていました)、実習の授業で九州に行きました。その時の宿舎に大分県の地方紙が置いてありました。何気なく広げてみたところ、テレビ欄の裏、四コマまんがの指定席に、ヒラリ君が掲載されていたのです。
懐かしいなあ、と思う前に、あれ ? 何で大分にヒラリ君が ? と思いました。
どうやら、地方紙の四コマまんがというのは、いくつもの県で共有されているようです。一つのまんがを、複数の地方紙が同時に掲載しているのです。そしてヒラリ君も、一時はなんと 15 紙にわたって掲載されていたのだそうです。
その後、信毎の四コマまんがは別の作品に替わりました。ヒラリ君は今どこにいるのかなあ。
と、思っていたところ、ヒラリ君の単行本が存在していることを知りました。全国紙のサザエさんやアサッテ君みたいに、ちゃんとしたまんがとしての扱いを受けていたのです、あのヒラリ君が。
出版元は北國新聞社。ヒラリ君は現在、北國新聞(石川県)と富山新聞(富山県)の二紙限定で連載されているのだそうです。
長野県からいなくなってしまったのは寂しいけれど、北陸の地でゲンキにやっているんだなあと一安心しました。
で、ヒラリ君の単行本ですが、もちろん購入しました(既刊 5 巻)。でもね。これがね。
方言で会話してるんです。
「お、うまそうやなー」とか「買い物に行くがけ ?」とか「ダラブチー」とか言ってるんです。高校野球のシーズンになると「がんばりまっし遊学館 ! (石川県の野球の強い高校)」。能登空港の開港だの金沢城(我らが県民の城、とヒラリ君が言っている)の改修だの、地元ネタも満載。ぼく全然関係ない。
信毎では標準語だったのに、すっかり北陸の人になってしまったのです。全国 15 紙に連載してた時代と、北陸限定まんがになった現在との違いというわけですね。でもヒラリ君が別人になってしまったみたいで悲しいです。
単行本には、全国 15 紙連載時代の作品は収録されていません。北國新聞社には、ぜひ「ヒラリ君クラシック」シリーズとして、昔の作品も出版してほしいです。いや、出版するべきだ。みんなのヒラリ君を北陸で独り占めするからには、最低限そのくらいの責任はあるでしょう。
出版されたらわたくしは買います。他にも全国で 15 人くらいは買う人いると思いますよ。どーですか、北國新聞社さん !
1945 年(昭和 20 年) 3 月 26 日。
沖縄本島西方の慶良間列島(阿嘉島・慶留間島・座間味島)に米軍第77歩兵師団が上陸。沖縄戦が本格的に始まります。
この際、多くの住民が集団自決(自殺)をしました。この集団自決については、「日本軍の命令だった」「いや、住民の自発的なものだった」「命令ではないが命令みたいなものだった」「住民が集団で錯乱状態になった」など諸説あるようですが、物理的・精神的に追い詰められた多数の民間人が自ら命を絶つという悲劇があったことは事実です。
翌 27 日、米軍は同じ慶良間列島の渡嘉敷島に上陸、ここでも住民の集団自決がありました。
この後、米軍は慶良間列島を基地として、沖縄本島への上陸準備を進めてゆきます。
職場の歓送会があり、お酒を飲んだのでもう眠いです。あと疲れました。でも今日はそういう日なので、そのことだけ書いてオシマイ。
「パタリロ !」というまんががあります。
あまり読んだ覚えはないのですが、わたくしが子どもの頃はアニメでもやっていたので、中途はんぱに知っています。
その中で、主人公のパタリロがよく「だーれが殺した、クックロービン」という歌を歌っていました。
この歌を歌うときには必ず、「パ、パンがパン。あ、そーれ、パ、パンがパン」というリズムの、盆踊りふう手拍子がつきます。
さっき、この手拍子をしながら井上陽水の「少年時代」を歌ってみたら、ばかみたいでおもしろかったです。
ちなみにこの「少年時代」、今では教科書にも載っているそうですが、元々は同名の映画の主題歌として作られた曲です。その映画の原作は藤子不二雄 A (ハットリくんや笑ウせぇるすまんの方ね)です。田舎の少年社会の権力闘争を描いた、地味ながら不思議な魅力を持った作品。特に田舎出身の人にはおすすめです。
なーつが過ーぎ、かーぜあっざみ。
誰が殺した、クックロービン。
あーおっぞらーに、残された、
私の心はクックロービン。
えー、ま今日はこんなところで。
えーと、あくまでわたくし個人の印象に過ぎないのかもしれませんが。
プロ野球のオリックス(今年から清原とか中村ノリとかが入団したチーム)ってありますよね。
あのチームの正式名称知ってますか。オリックス・バファローズというのです。まちがえないでね。
いや、これがまちがえている人けっこう多いんですよ。このチーム、前はオリックス・ブルーウェーブという名前だったのですが、その頃もオリックスブルーウェーブだと思っている人がいました。
というわけで、オリックスバファローズだと思っている人は気をつけて下さいね。オリックスバファローズはまちがいで、本当はオリックス・バファローズが正しいのです。
オリックスとバファローズのハザマに漂う黒い点は、「ナカテン」と言うのだそうです。基本的には、英語の「分かち書き」の代用として使われているのかな。外国人の名前を表記する時を始め、いろんなところでよく使われてますよね。
そんな時、あえてこのナカテンを略して書くと、書いた人がばかに見えます。
「セオドア・ルーズベルト」と「セオドアルーズベルト」。
「ダンバートン・オークス会議」と「ダンバートンオークス会議」。
「ガット・ウルグアイラウンド」と「ガットウルグアイラウンド」。
いやなんかそんな感じしない ? ホントは全然知らないのに無理に書いてるというか。
例えば、ジャン=ポール・サルトルの主著「存在と無」は、副題に「現象学的存在論の試み」とあるようにエドムント・フッサールの影響を受けているわけですが、この文章を、ジャンポールサルトルの主著存在と無は、副題に現象学的存在論の試みとあるようにエドムントフッサールの影響を受けている、と書いたらバカ学生のノート丸写しレポートみたいに見えるでしょう。
でも、わたくしはこういうバカ表記がけっこう好きです。スタンゲッツとかトルーマンドクトリンとかボスニアヘルツェゴビナとか。だいたいサルトルなんて何する人なのかもよく知らないしね(プロ野球選手でないことは知っている)。
ただ、ローリングストーンズのことを、ローリング・ストーンズと書くと、そっちの方がばかみたいですよね。この辺りの法則性について、いちどまとめてみたいものです。
東京の、明治 30 年代はじめ頃の話。
この頃、山手線はまだ環状になっておらず、山手線という名称でもありませんでした。
そして、現在の山手線のうち池袋から田端までの区間は、「豊島線」と呼ばれていました。この地域(現在の豊島区・北区)が当時「北豊島郡」と呼ばれていたからでしょう。
豊島線、だって。おもしろいね。
としません。
あははは。
としません。
としません。
ぜったいに、としませんよ。
(えー次は、いけぶくろ。池袋。)
そんなこと言わずに、としませんか。
(えー次は、おおつか。大塚。)
そこまで言うなら、としましょうか。
(えー次は、すがも。巣鴨。)
そうです、ここはひとつ、腹をくくって、としましょう。
(えー次は、こまごめ。駒込。)
じゃあ、みんないっしょに、思いきって、としますか。
(えー次は、たばた。田端。)
もちろん、ぼくも、最後まで、としますよ !
こうして、としませんという名前はやめになり、山手線になりました。
明日は、神奈川県三浦半島にある京浜急行久里浜線の話をしようと思ったのですが、結局今日と同じになってしまうので、やっぱりくりはません。ええ、ぜったいに、くりはませんよ。くりはませんとも ! (現在「豊島線」の名は、西武鉄道池袋線の練馬駅と遊園地の豊島園を結ぶ短い路線の名称として使われています)
あなたが東京都板橋区成増。
そうです。
もし、あなたがこれ以上東京都、板橋区成増よ。
あなたがとうきょうといたばしくなります。
そうです。
もし、あなたがこれ以上とうきょうと、いたばしくなりますよ。
あなたは何故、東京都するのですか。
あなた一人が、そんなに板橋区、東新町としたところで、何が変わるというのですか。
あなたは何故、とうきょうとするのですか。
あなた一人が、そんなにいたばしく、とうしんちょうとしたところで、何が変わるというのですか。
私は覚えています。
激しい雨が叩きつけるアスファルトの路上で板橋区徳丸、仔犬の濡れた瞳。
人に向かって吼える代わりに、そこに徳丸ことを選んだ仔犬。
たぶん彼は、明日も徳丸のをやめないでしょう。
私は覚えています。
激しい雨が叩きつけるアスファルトの路上でいたばしくとくまる、仔犬の濡れた瞳。
人に向かって吼える代わりに、そこにとくまることを選んだ仔犬。
たぶん彼は、明日もとくまるのをやめないでしょう。
私には分かっています。
きっとあなたはこれからも、東京都することでしょう。
きっとあなたはこれからも、板橋区、徳丸ことでしょう。
私には分かっています。
きっとあなたはこれからも、とうきょうとすることでしょう。
きっとあなたはこれからも、いたばしく、とくまることでしょう。
けれど。
私には分かっています。
きっと雨上がりの朝にはお日さまを見上げ、あなたはにっこりと微笑むことでしょう。
あなたは、もっともっと板橋区成増。
それはほんとうです。
けれど、あなたの優しい笑顔だけは、きっと変わらない。
私は、そう思っています。
ずっと、そう思っています。
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